公園の入り口から少し離れた場所に、 春の日差しが降り注ぐ広場がある。
そこで小さな女の子数人に囲まれている人影を見つけた俺は、 まさに運が良かったんだろう。
「どおりで、 いつまで待っても来ないわけだ」
呆れて思わずため息が出た。
でもそのマイペースぶりがいかにもあいつらしくて、 不思議と怒りの気持ちは沸いてこない。
用事が済んだのか、 周りに集まっていた女の子たちが次々にお礼を言って帰り始める。
それを嬉しそうに笑顔で見送っている、 やけにのんきな背中に声をかけた。
「おい、なにやってんだよ」
よほどビックリしたのか、 あいつはすっとんきょうな声を上げて振り返った。
「あ、あぁ。和馬くんかー。 驚かさないでよ」
あいつはその顔に似合わない怒った表情を見せたが、 次の瞬間、慌てたように腕時計に目を走らせた。
「やだ、いつの間にかこんな時間になってる! 待った、よね?」
今度は恐る恐る俺の顔をうかがうように見上げてくる。
コロコロとせわしなく変わる表情は、 ホント見てて飽きねぇ。
「あぁ、待った待った。 いいかげん、もう帰ろうかと思ってたところだぜ」
「わーん、 そんな意地悪なこと言わないでー!」
慌てて立ち上がると、 あいつはスカートをぱんぱんと払う。
たったそれだけのことで、 俺の世界に柔らかな風が通り過ぎるようだった。
俺との約束をすっぽかしたわけじゃねぇ。
ちゃんとこうして待ち合わせ場所まで来てたんだ。
だけど俺に会う前に、 あの小さな女の子たちに捕まっちまったみてぇだな。
妙な安心感と変な嫉妬心が入り混じった俺の複雑な気持ちなんて、 分かってんのか、いねぇのか。
当の本人は相変わらずのんきに笑ってた。
それがちっとばかり悔しくて、 俺はその理由を問いたださずにはいられない。
「で、いったいなにやってたんだよ」
「うふふ。じゃじゃーん、これだよ!」
あいつは得意げな表情で、手にしていた物を俺に見せてくれた。
だけど目の前に現れた物に、俺は思わず首をひねる。
「なんだこれ。草か?」
「もう、違うよ! 花冠だよ。シロツメクサで編んだんだよ」
俺の反応に不満そうな顔をしながら、 あいつは一生懸命に説明する。
それを横で聞きながら、 やっぱり俺は適当に相づちを打つことしかできなかった。
「まぁしかし、女ってそういうの好きだよな。 ほら、なんだっけ。白馬の王子さまとか、そういうやつ」
「あはは、そうだね。 いつか王子さまが迎えに来てくれるっていうのは、女の子の永遠の憧れだもん」
「やっぱお前もか?」
ふと気になって聞いてみた。
聞いたところで、 自分がその王子さまになれるわけじゃねーんだけど。
「うーん、どうかな。 和馬くんは、王子さまって感じじゃないね」
「そりゃ悪かったな」
真っ向から否定されて、 どんなに頑張ってもひがみの言葉しか出てこねぇ。
情けなくため息ついてる俺の横で、 あいつがくすっと小さく笑った。
「じゃー、いいや。 立派な王冠かぶった王子さまじゃなくても」
そう言うと、 あいつは手にした花冠を俺の頭の上にちょこんと載せる。
「花冠が似合う庶民の王子で我慢してあげる!」
「おまえ……、けなしてんじゃねーだろうな、それ」
「褒めてるんだよ。それも最大級に」
どの口が言うんだか。
そう思いつつも、 少なくともこいつの中では俺は王子さまでいられるらしい。
もっとも、庶民のってやつらしいけど。
「じゃあその庶民の王子が迎えに来てやったんだから、 そろそろ行くとしようぜ、お姫さま」
そう言って花冠をあいつの頭上に返してやると、 キラキラと輝く笑顔が見えた。
素直に可愛いと思う、けど。
やっぱりそんなことは言えそうに無い。
「おまえもさ、立派な王冠なんかじゃなくて、 花冠のお姫さまで良かったよな」
「……それ、けなしてないよね?」
頬を膨らませると不満そうな声をこぼすあいつを見て、 はっきりと確信する。
「だって立派なお姫さまだったら、 庶民の王子なんか相手にしねーだろ。 だから良かったってこと」
「あはは。和馬くんったら!」
遠まわしな言葉を、きっとあいつは分かってくれる。
その証拠に、 あいつはとびきりの笑顔で俺の腕にすり寄って来てくれるのだから。
こうして手をつないで歩けるなら、 女の永遠の憧れってやつに付き合うのも悪くねぇ。
そう思わせるだけの幸せに満ちた時間を、 春の日差しが優しく包み込んでいた。
〜 Fin 〜