俺の顔をまじまじと見てたかと思うと、突然あいつが口を開く。
「和馬くんって意外と可愛いよね」
あまりに突拍子もない言葉に、俺は危うく飲みかけていた牛乳を吹き出しそうになった。
「お前、急になに言い出すんだよ!」
「えー、だってぇ」
悪びれた様子も見せず、あいつは言葉を続ける。
「奈津美ちゃんが持ってた雑誌の特集で、 気になる男性の意外な一面っていうのが載ってて……」
「なんだそれ、くだらねーな」
「それでみんなの意外な一面ってなんだろうって話になったの」
こいつの話によると、葉月は冷たそうに見えるが面倒見がいい、 姫条は軽そうに見えて頼りになる、守村は気弱そうだが意外とタフ。
「そして、やっぱり和馬くんは可愛いだと思うんだけどな」
「なんでそーなるんだよ!」
「ダメかなぁ。奈津美ちゃんも分かるって頷いてくれたんだけど」
それはウソだ、どうせ藤井は面白がって笑ってただけだろう。
いや、それよりも問題は別なところにある。
「可愛いって、お前が言い出したのか」
「うん、そう」
あまりに笑顔で、あまりに軽く肯定されて、俺は一気に肩の力が抜けた。
怒る気力も沸かないとはこのことだ。
「男にそーいうこと言うかよ」
情けねぇグチを聞かれたくなくて、 それ以上は手にしたおにぎりと一緒に口の中に放り込む。
無言で弁当を食う俺が気になったのか、あいつが少し困ったように聞いてくる。
「機嫌損ねちゃった?」
「んなことねーよ」
口では否定してても、態度が完全にそうだと言っている。
――やっぱ情けねぇ。
可愛いは別にしても、こんなんじゃ男らしいなんて思ってもらえなくて当然か。
ため息をつく俺の隣で、あいつはうーん、なんて唸りながら考え込む。
「だって格好良いって言ったら当たり前でしょ? 力強いとかたくましいとかも当然すぎて全然意外じゃないし。 そう考えたら可愛いが一番かなって」
「え、あ、あぁ……」
なんか今すごくさらりとだけど、かなり大胆なこと言わなかったか?
やたらと心臓がドキドキするのを知られたくなくて、慌てて違う質問を返す。
「じゃあ聞くが、俺のどこが可愛いんだ?」
「えーと、たとえば」
そう言うと、不意にあいつが顔を近づけてきた。
細くて白い小さな手が伸びてきて、俺の唇にそっと触れる。
「ぅあ、バカ! 急になんなんだよ!」
何が起こったのかさっぱり分からず、反射的にそう叫んでいた。
あいつはそんな俺に、にっこり笑って人差し指を見せる。
「ほら、ご飯粒ついてた」
そう言って、ためらう様子も見せずにそれをぺろりと食べた。
信じらんねぇ。
ここまで無防備に動かれちゃ、こっちの心臓が持たねーんだよ!
俺は強引に手の甲で口元をぬぐうと、指を突きつけて宣言する。
「やっぱ可愛いはダメだ!」
「えー、なんで」
「そんなん言われたって全然嬉しくねーし、 紛らわしいことしてんじゃねーよ」
俺の言葉を受けて、なぜだかあいつがくすっと小さく笑う。
「ねぇ、ドキドキした?」
上目遣いで見つめられて、俺は何も言えなくなる。
あいつは俺に触れた指をそっと自分の唇に押し当てて、 嬉しそうに言葉を続けた。
「私はね、すっごくドキドキしたよ。……なーんて、ね」
赤い舌をちらりと出して照れ笑いをするあいつは、 はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。
あいつが言う俺の可愛さなんて比になんねぇだろ、やっぱ。
「期待すんだろ、バカ」
そう言って抱きしめれば、この両腕にすっぽりと隠れちまう小さな体。
俺をじっと見上げる大きな瞳に耐えられなくて、閉じさせようと唇に軽くキスをする。
とたんに真っ赤な顔でうつむいて、困ったように小さくぼそぼそと呟いた。
「訂正する。和馬くんって意外と大胆だ」
「どっちがだ、バーカ!」
そうやって強がってみても、 本音はお互い目を合わすのも気恥ずかしいぐらいだったりする。
きっとこうやってる姿がはたから見たら一番可愛いってやつなのかもしれねぇ、 なんてことを思いながら、俺は抱きしめる腕に力を込めた。
〜 Fin 〜