イルミネーション 〜for.和馬8


俺があまり乗り気じゃないのに、あいつは珍しく一歩も引かなかった。

半ば強引に連れてこられた、少し気の早いクリスマスイルミネーション。

もちろん予想通りの混雑ぶりだったが、これだけの人を引き付ける無数の光に、俺は思わず目を細める。

「綺麗だね。ねぇ、来てよかったでしょ」

「あぁ、まぁ……、そうだな」

得意そうに言うあいつに、俺は軽く相槌を打つ。


もっと気の利いた言葉の一つでも言えたらと思うのだが、結局こんな返答しかできない。

でもそれが情けないとか、そういう風には思わない。

こんな時はいつも、あいつはすべて分かっているとでも言うように、ふふっと小さく笑ってくれるのだから。

「今日が和馬くんの誕生日でよかったね」

「そうか?」

意味を掴みかねてそう問い返す俺に、あいつは嬉しそうに言葉を続ける。

「だってこんなにキラキラ輝いて、 まるで街全体が和馬くんをお祝いしてくれてるみたいじゃない」

「バーカ、そりゃ言いすぎだろ」

あまりに純粋すぎるその発想は、聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいだ。

俺は照れ隠しにそう悪態つくと、ついでにあいつをコツンと小突く。

「もう、和馬くんは欲がないなぁ」

ぷぅっと頬を膨らませてはいるが、それはいつもの怒ったフリなだけだ。

その証拠に、お前が欲張りなんだよ、と舌打ちする俺をすごく優しい目で見つめ返してくるのだから。



一通り見て回って、少し人ごみから外れると、途端に風の冷たさが身に染みた。

俺は小さく身震いしてコートを寄せる。

「しかし寒いな」

「あ、そういえばあっちに自販機があった。何かあったかいものおごってあげよっか」

「おいおい、俺の誕生日だってーのに、缶コーヒーかよ」

「いーじゃない。贅沢言わないの」

あまりに無邪気な笑顔を見せられると、つい、そういうことにしておくかと思ってしまう。

――俺、かなりこいつに甘いな。


出てきた缶コーヒーを嬉しそうに取り出すと、ハッピーバースディなんて言って差し出してくる。

そんなあいつの手に何気なく触れて、その指先の冷たさにびっくりした。

「お前も何か飲め。俺がおごってやる」

「なぁに、それ。それじゃ私がおごった意味がなくなるじゃない」

なんて言いながらも、あいつはしっかりミルクティをねだる。

乾杯、と言って缶をぶつけて、笑いながら熱いコーヒーを口に含む。

それは120円の割りには、体がじんとなるほど熱かった。


イルミネーションの輝く表通りから一本入っただけなのに、この辺りはやけに静かだった。

道行く人もイルミネーションに気を取られ、俺たちのいる自販機には見向きもしない。


ぽつんと取り残されたようなこの空間が、不思議と心地良いのはなぜだろう。

そんなぼんやりとした思考をさえぎるように、小さなくしゃみが耳をくすぐる。

「ったく、世話が焼けるな」

わざと面倒そうな口ぶりでそう言うと、あいつの体を抱き寄せる。

「ごめん、ありがと」

こんな時、いつもあいつは素直に俺に寄りかかってくる。

そんな当たり前のやり取りに、どこかホッとしている自分がいる。


――あぁ、そうか。

いつも俺のそばにこいつがいるから、どんな場所にいたって、このぬくもりが心地良いんだ。

それに気付けただけでも、この寒空の下、流行のイルミネーションを見に出かけた価値はあったかもしれない。

「クリスマスイルミネーションも悪くねーな。来年もこうやって見に来られたら良いな」

「なぁに、それ。びっくりした」

あいつは俺の言葉に驚いたように目を丸くしたかと思ったら、おかしそうにくすくすと笑い出す。

そんな予想外の反応に、俺は戸惑いを隠せない。

「なんだよ。そんなに笑うことかよ」

「ごめん、ごめん。だって本当に和馬くんってば欲がないんだもん」

ひとしきり笑うと、今度はじっと俺の顔を見つめてくる。

そのまぶしすぎる笑顔に、頭がくらりとしそうになる。

「絶対見に行こう。 来年も再来年も、その先もずっと。二人で一緒に見に行こう」

「やっぱりお前、欲張りだ」

そうかなぁ、なんて言っているあいつを、ぎゅっと強く抱きしめる。


そう、こうして抱きしめていれば顔を見られることもない。

ふだん言えない言葉も、自然と口に出来そうだ。


小さくささやく俺の言葉に、あいつはくすぐったそうに笑って、それでもきちんと頷いてくれる。

この瞬間が、なににも増して愛おしかった。


広げた両腕にすっぽりと収まってしまう、小さな体。

こんなに細くてこんなに柔らかくて、そしてこんなにあったかい。

遠くに輝くイルミネーションの光より、まぶしくてキラキラした温かなぬくもり。


特別なものなんかいらない。

お前さえいてくれれば、それだけで十分なんだ

〜 Fin 〜

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