俺があまり乗り気じゃないのに、あいつは珍しく一歩も引かなかった。
半ば強引に連れてこられた、少し気の早いクリスマスイルミネーション。
もちろん予想通りの混雑ぶりだったが、これだけの人を引き付ける無数の光に、俺は思わず目を細める。
「綺麗だね。ねぇ、来てよかったでしょ」
「あぁ、まぁ……、そうだな」
得意そうに言うあいつに、俺は軽く相槌を打つ。
もっと気の利いた言葉の一つでも言えたらと思うのだが、結局こんな返答しかできない。
でもそれが情けないとか、そういう風には思わない。
こんな時はいつも、あいつはすべて分かっているとでも言うように、ふふっと小さく笑ってくれるのだから。
「今日が和馬くんの誕生日でよかったね」
「そうか?」
意味を掴みかねてそう問い返す俺に、あいつは嬉しそうに言葉を続ける。
「だってこんなにキラキラ輝いて、 まるで街全体が和馬くんをお祝いしてくれてるみたいじゃない」
「バーカ、そりゃ言いすぎだろ」
あまりに純粋すぎるその発想は、聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいだ。
俺は照れ隠しにそう悪態つくと、ついでにあいつをコツンと小突く。
「もう、和馬くんは欲がないなぁ」
ぷぅっと頬を膨らませてはいるが、それはいつもの怒ったフリなだけだ。
その証拠に、お前が欲張りなんだよ、と舌打ちする俺をすごく優しい目で見つめ返してくるのだから。
一通り見て回って、少し人ごみから外れると、途端に風の冷たさが身に染みた。
俺は小さく身震いしてコートを寄せる。
「しかし寒いな」
「あ、そういえばあっちに自販機があった。何かあったかいものおごってあげよっか」
「おいおい、俺の誕生日だってーのに、缶コーヒーかよ」
「いーじゃない。贅沢言わないの」
あまりに無邪気な笑顔を見せられると、つい、そういうことにしておくかと思ってしまう。
――俺、かなりこいつに甘いな。
出てきた缶コーヒーを嬉しそうに取り出すと、ハッピーバースディなんて言って差し出してくる。
そんなあいつの手に何気なく触れて、その指先の冷たさにびっくりした。
「お前も何か飲め。俺がおごってやる」
「なぁに、それ。それじゃ私がおごった意味がなくなるじゃない」
なんて言いながらも、あいつはしっかりミルクティをねだる。
乾杯、と言って缶をぶつけて、笑いながら熱いコーヒーを口に含む。
それは120円の割りには、体がじんとなるほど熱かった。
イルミネーションの輝く表通りから一本入っただけなのに、この辺りはやけに静かだった。
道行く人もイルミネーションに気を取られ、俺たちのいる自販機には見向きもしない。
ぽつんと取り残されたようなこの空間が、不思議と心地良いのはなぜだろう。
そんなぼんやりとした思考をさえぎるように、小さなくしゃみが耳をくすぐる。
「ったく、世話が焼けるな」
わざと面倒そうな口ぶりでそう言うと、あいつの体を抱き寄せる。
「ごめん、ありがと」
こんな時、いつもあいつは素直に俺に寄りかかってくる。
そんな当たり前のやり取りに、どこかホッとしている自分がいる。
――あぁ、そうか。
いつも俺のそばにこいつがいるから、どんな場所にいたって、このぬくもりが心地良いんだ。
それに気付けただけでも、この寒空の下、流行のイルミネーションを見に出かけた価値はあったかもしれない。
「クリスマスイルミネーションも悪くねーな。来年もこうやって見に来られたら良いな」
「なぁに、それ。びっくりした」
あいつは俺の言葉に驚いたように目を丸くしたかと思ったら、おかしそうにくすくすと笑い出す。
そんな予想外の反応に、俺は戸惑いを隠せない。
「なんだよ。そんなに笑うことかよ」
「ごめん、ごめん。だって本当に和馬くんってば欲がないんだもん」
ひとしきり笑うと、今度はじっと俺の顔を見つめてくる。
そのまぶしすぎる笑顔に、頭がくらりとしそうになる。
「絶対見に行こう。 来年も再来年も、その先もずっと。二人で一緒に見に行こう」
「やっぱりお前、欲張りだ」
そうかなぁ、なんて言っているあいつを、ぎゅっと強く抱きしめる。
そう、こうして抱きしめていれば顔を見られることもない。
ふだん言えない言葉も、自然と口に出来そうだ。
小さくささやく俺の言葉に、あいつはくすぐったそうに笑って、それでもきちんと頷いてくれる。
この瞬間が、なににも増して愛おしかった。
広げた両腕にすっぽりと収まってしまう、小さな体。
こんなに細くてこんなに柔らかくて、そしてこんなにあったかい。
遠くに輝くイルミネーションの光より、まぶしくてキラキラした温かなぬくもり。
特別なものなんかいらない。
お前さえいてくれれば、それだけで十分なんだ
〜 Fin 〜