意外な場所で、意外な人物に出会った。
それは学校帰りに立ち寄った本屋の軒先。
レジの店員から参考書を受け取り、自動ドアをくぐりぬけた先に、彼がいた。
以前の私だったら、たぶんそのまま素通りしていただろう。
いや、思わず足を止めてしまった今でさえ、特に話すこともないのにと後悔が頭をよぎる。
短い髪にスポーツマンらしいがっちりした体格。
降り続ける雨を不機嫌そうに睨みつけているその姿は、何故か全身ずぶ濡れだった。
そう、最近やたらとその名を耳にする、あの子お気に入りの鈴鹿和馬だ。
私の視線に気がついたのか、鈴鹿くんと目が合った。
その途端、あからさまに嫌そうな顔をされた。
「げっ。有沢」
やはりそのまま素通りしてしまえば良かった。
思わず大きなため息がこぼれる。
たいがいの人は、私を苦手に思うようだ。
優等生ぶってるとか冷たいとか、そんな心無い言葉を言われたことなら山ほどある。
そして鈴鹿くんもまた、私を同じような目で見ているのだろう。
そのまま立ち去ろうと思ったが、結局カバンの中からハンドタオルを取り出した。
このまま見捨てていくにはあまりに可哀想な出で立ちだったから。
「よろしければどうぞ」
そう言ってハンドタオルを差し出すと、意外なことに鈴鹿くんは素直にそれを受け取った。
「わりぃな、サンキュ」
鈴鹿くんは嫌がる様子も見せずに、少し乱暴なしぐさで雨水をふき取る。
嫌というわけでもないのかしら。
私の顔を見たときは、あんなに嫌そうにしていたのに。
そう思ったら、ほんの少しだけ鈴鹿和馬という人間に興味が沸いた。
「一つ疑問なんだけれど」
お互い視線は今もなお降り続ける雨に向けられたまま、会話だけを続けた。
「朝から雨、降ってなかったかしら」
「あぁ、降ってたな」
「じゃあどうして傘を持っていないの?」
「いや、持ってたんだけど……、落とした」
なんとも歯切れの悪い言い方をすると、鈴鹿くんは面倒くさそうに頭を掻いた。
言い訳のような返答はきっと、聞かれると都合が悪いということだろう。
それ以上追求する気にならず、かといって他に話す言葉も見つからず、私は再び沈黙を守った。
しばし二人の間に、雨音だけが静かに流れる。
この間が耐えられなかったのか、しびれを切らした鈴鹿くんが口火を切った。
「これサンキュな。ちゃんと洗って返すから」
小さなハンドタオルでは、せいぜい顔を拭くぐらいで精一杯だ。
それでも満足そうに鈴鹿くんは笑った。
その笑顔を見る限り、私の親切は迷惑ではなかったらしい。
「いいわよ、別に」
「いや、こういうことはキチンとしとかねーと」
そう言って、文字通りニカッとした笑顔を見せた。
あぁ、なるほど。
そういうことだったのか。
真夏の太陽みたいにキラキラと輝くその笑顔を見ていたら、妙に納得したことがあった。
『志穂ちゃんって優しいよね。私、大好きっ!』
そう言って笑ってくれたあの子の笑顔と、それはよく似ていた。
ぶっきらぼうでとっつきにくいところはあるけれど、話してみれば心のまっすぐな人だ。
だからあの子も惹かれたのだろう。
いつも鈴鹿くんのことを話すあの子は、すごく楽しそうだから。
心の中がほんわかとしてきた。
嬉しいような、でもちょっとくすぐったいような不思議な気持ち。
あの子もきっとそれを感じるから鈴鹿くんのそばにいるのだろう。
今の私があの子のそばを離れられないのと同じように。
「……あのよ」
急に声を低くして、ぼそぼそと呟くように鈴鹿くんが口を開く。
「ここで会ったこと、あいつには言うなよ」
「あいつって?」
私の問いかけに鈴鹿くんはパッと顔を背けると、投げやりに言葉を返す。
「分かんねーならいいや」
そっぽを向いてしまったけれど、その横顔がどこか照れているように見えた。
〜 続く 〜