〜for.和馬10

意外な場所で、意外な人物に出会った。

それは学校帰りに立ち寄った本屋の軒先。

レジの店員から参考書を受け取り、自動ドアをくぐりぬけた先に、彼がいた。


以前の私だったら、たぶんそのまま素通りしていただろう。

いや、思わず足を止めてしまった今でさえ、特に話すこともないのにと後悔が頭をよぎる。


短い髪にスポーツマンらしいがっちりした体格。

降り続ける雨を不機嫌そうに睨みつけているその姿は、何故か全身ずぶ濡れだった。

そう、最近やたらとその名を耳にする、あの子お気に入りの鈴鹿和馬だ。


私の視線に気がついたのか、鈴鹿くんと目が合った。

その途端、あからさまに嫌そうな顔をされた。

「げっ。有沢」

やはりそのまま素通りしてしまえば良かった。

思わず大きなため息がこぼれる。


たいがいの人は、私を苦手に思うようだ。

優等生ぶってるとか冷たいとか、そんな心無い言葉を言われたことなら山ほどある。

そして鈴鹿くんもまた、私を同じような目で見ているのだろう。


そのまま立ち去ろうと思ったが、結局カバンの中からハンドタオルを取り出した。

このまま見捨てていくにはあまりに可哀想な出で立ちだったから。

「よろしければどうぞ」

そう言ってハンドタオルを差し出すと、意外なことに鈴鹿くんは素直にそれを受け取った。

「わりぃな、サンキュ」

鈴鹿くんは嫌がる様子も見せずに、少し乱暴なしぐさで雨水をふき取る。


嫌というわけでもないのかしら。

私の顔を見たときは、あんなに嫌そうにしていたのに。

そう思ったら、ほんの少しだけ鈴鹿和馬という人間に興味が沸いた。

「一つ疑問なんだけれど」

お互い視線は今もなお降り続ける雨に向けられたまま、会話だけを続けた。

「朝から雨、降ってなかったかしら」

「あぁ、降ってたな」

「じゃあどうして傘を持っていないの?」

「いや、持ってたんだけど……、落とした」

なんとも歯切れの悪い言い方をすると、鈴鹿くんは面倒くさそうに頭を掻いた。

言い訳のような返答はきっと、聞かれると都合が悪いということだろう。

それ以上追求する気にならず、かといって他に話す言葉も見つからず、私は再び沈黙を守った。


しばし二人の間に、雨音だけが静かに流れる。

この間が耐えられなかったのか、しびれを切らした鈴鹿くんが口火を切った。

「これサンキュな。ちゃんと洗って返すから」

小さなハンドタオルでは、せいぜい顔を拭くぐらいで精一杯だ。

それでも満足そうに鈴鹿くんは笑った。

その笑顔を見る限り、私の親切は迷惑ではなかったらしい。

「いいわよ、別に」

「いや、こういうことはキチンとしとかねーと」

そう言って、文字通りニカッとした笑顔を見せた。


あぁ、なるほど。

そういうことだったのか。


真夏の太陽みたいにキラキラと輝くその笑顔を見ていたら、妙に納得したことがあった。

『志穂ちゃんって優しいよね。私、大好きっ!』

そう言って笑ってくれたあの子の笑顔と、それはよく似ていた。


ぶっきらぼうでとっつきにくいところはあるけれど、話してみれば心のまっすぐな人だ。

だからあの子も惹かれたのだろう。

いつも鈴鹿くんのことを話すあの子は、すごく楽しそうだから。


心の中がほんわかとしてきた。

嬉しいような、でもちょっとくすぐったいような不思議な気持ち。

あの子もきっとそれを感じるから鈴鹿くんのそばにいるのだろう。

今の私があの子のそばを離れられないのと同じように。

「……あのよ」

急に声を低くして、ぼそぼそと呟くように鈴鹿くんが口を開く。

「ここで会ったこと、あいつには言うなよ」

「あいつって?」

私の問いかけに鈴鹿くんはパッと顔を背けると、投げやりに言葉を返す。

「分かんねーならいいや」

そっぽを向いてしまったけれど、その横顔がどこか照れているように見えた。

〜 続く 〜

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