最初に会ったとき嫌そうな顔をしたけれど、それは私に会ったからではなく、 私と会ったことを『あいつ』に知られたくなかったから、ということなのだろうか。
もしそうならば、鈴鹿くんの言う『あいつ』って、もしかして……。
確かめてみようかと迷っているうちに、鈴鹿くんは地面に置いていたカバンを肩にかける。
「なんか小降りになってきたみてぇだし、そろそろ行くわ。じゃあな!」
そう言うと、どこが小降りなのかと首をかしげたくなるほどのどしゃ降りの中を、元気に駆けだして行ってしまった。
「不思議な人ね」
あっという間にその姿は雨にかき消されてしまった。
再び一人になった私の耳に、雨の音が一段と大きく聞こえた。
帰ろうと思って傘をさしかけたところで、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「志穂ちゃーん!」
まだ暗い雨の中をぱしゃぱしゃと走る足音が聞こえてくる。
続いて大きめな傘をさしたあの子がすぐに姿を現した。
「ねぇ、和馬くん見かけなかった?」
肩ではぁはぁと息をつきながら、必死にそれだけを告げる。
「彼ならつい今しがた、この雨の中を走っていったけれど」
「あぁ、やっぱり。志穂ちゃん、私どうしよう」
涙目になりながらあの子がおろおろしだす。
とにかく落ち着かせようと、私は軽くぽんぽんと背中を叩いた。
「いったいどうしたの。鈴鹿くんとなにかあったの?」
「うん……。実はさっき傘が壊れちゃって。 それで困っていたら和馬くんがこれ使えって自分の傘渡して、そのまま走っていっちゃったの」
その言葉ですべてのつじつまが合った。
鈴鹿くんの言っていた『あいつ』とは、やはりこの子のことだったのだ。
まぁ確かに、ずぶ濡れで雨宿りしていたなんてことは知られたくはないだろう。
ここは鈴鹿くんの希望通り、黙っておくことにしよう。
「ふふ、そうなの」
「わ、笑いごとじゃないよぉ」
思わず笑みがこぼれてしまった私を、あの子が涙目で見つめてくる。
小さく謝ると、私は安心させるように言葉をかけた。
「明日ちゃんとお礼を言って返せば大丈夫よ。鈴鹿くん、 とっても元気そうにこの雨の中を走っていたから」
「そう、だよね……。うん、そうする!」
途端にぱぁっと明るい笑顔が広がる。
鈴鹿くんとよく似た、キラキラと輝くような笑顔だ。
「ねぇ、鈴鹿くんのことが好きなの?」
気がついたら口をついで出ていた。
突然の質問に、あの子もビックリしたように目をしばたかせる。
どうしてこんなことを聞いてしまったのだろう。
小さな後悔を抱いた私の耳に、あの子の声が届く。
「……うん、好き」
雨音にかき消されてしまいそうなほど小さな声だったけれど、その想いの深さは明るい笑顔が物語っていた。
きっとこの恋はうまくいく。
根拠は無いけれど、先ほどの鈴鹿くんとこの笑顔を見ていたら、不思議とそう確信できた。
帰りましょう、と言って本屋を後にする私に、あの子が慌てて駆け寄ってくる。
控えめに腕を引かれて振り返ると、笑顔に縁取られた優しい瞳と目が合った。
「志穂ちゃんのことも大好きだよ!」
「ふふ、ありがとう」
あの子が私の手をそっと包み込む。
こんな風に手をつないで歩くなんて、小さな子どもみたいで本当はとっても恥ずかしい。
でもこの子と一緒だと、何故かそんな思いよりもずっと温かで優しい気持ちに満たされてしまうのだ。
いつかこの手が離れてしまうときが来たとしても、きっと心はつながっている。
その確かな証拠を手のひらに感じながら、いつまでも他愛のない話で花を咲かせた。
〜 Fin 〜