賭け 〜for.和馬4


どんなに相手が自分よりも背が高かろうと、 体格が大きかろうと、ものともせずに突っ込んで行く。

流れるようなしなやかな動きでかわしたかと思えば、 フェイントをつくような鋭さで切り返し、圧倒的なスピードで追随を許さない。

そしてバックボードに当てて跳ね返ったボールをそのままリングに押し込めるような、 ワンマン・アリウープを決めていた。

「はぁ、これで完全に負けたわ……」

本日五本目のダンクシュートを決めた鈴鹿に、 もはや私の口からはため息しか出てこなかった。


どおりでシュート五本が賭けにならないわけだ。

はば学の得点は、ほとんど鈴鹿一人が取っていた。

しかも足りない身長をカバーしてあまりあるほどの、 桁はずれたジャンプ力を持っている。

狙ったつもりでかなりの本数を外してはいたが、 それでも約束どおりきっちりダンクシュートを五本、決めてくれた。

律儀というか、なんというか……。


鈴鹿と目が合ったと思ったら、にんまり笑って、 得意げにピースサインを送ってくる。

苦笑いを浮かべながら軽く手を振り返して、 でもなぜか心臓がドキドキと高鳴った。


呆れるほどに、バスケをしている鈴鹿はどこまでも楽しそうだった。

シュートが決まれば飛び跳ねて喜んでいるし、 相手にボールが渡れば誰よりも先にカットに回ろうと駆け出し、 点を入れられれば地団駄を踏んで悔しがる。

そのくるくると変わる表情と、 コートをところ狭しと駆け回る姿は、イヤでも人の目を惹きつける。


台風みたいな力強い風に、 私の気持ちは全部持って行かれてしまったみたい。

気がついたら、鈴鹿と同じように喜んだり悔しがったりしながら、 大声を上げてそんな彼に声援を送っていたのだから。


* * *


そそくさと尻尾を巻いて逃げ出せたらどんなに気が楽だろうか。

結局そんなことできるはずもなく、 私は昇降口で鈴鹿が来るのを待っていた。


賭けに負けたことは本当に悔しいけれど、 でも今日来たことは後悔していなかった。

こんなに夢中になれたのは、ちょっと久し振りかもしれない。

はば学の圧勝ということもあってか、とてもすがすがしい気分だった。

「なんだ、待ってたのかよ」

昇降口に現れた待ち人の姿を見つけて、私はくすりと小さく笑った。


ついさっきまでコートを駆けずり回っていたのに、 驚くぐらい鈴鹿は元気だった。

相変わらずの明るい声は、試合の疲れをみじんも感じさせない。

「まぁ、そんなとこ。試合、お疲れさん」

「おう、応援サンキュな」

そう言うと、鈴鹿は嬉しそうに笑った。

その笑顔を見たとたん、また私の心臓がドキリと高鳴った。

すべてを明るく照らし出してしまうような、 そんな笑顔に、なぜか素直に笑い返せない。


結構大きな声出しちゃってたもんな。聞こえてただろうな、きっと。

あんなに渋っていたくせに、大はしゃぎで観戦していたなんて、 恥ずかしい。

それを指摘されるのがたまらなくイヤで、 咳払いをすると、私は妙にかしこまった口調で話を切り出した。

「で、お望みはなんでしょうか」

「望み?」

私の態度をいぶかしむように、鈴鹿が眉をひそめる。

だから私は、半分やけくそでそれに答えた。

「賭けに負けたからさー。 もうなんでも言ってよ。おとなしく言うこと聞くから。 欲しいものでも、して欲しいことでも、なんでも」

遠慮のない鈴鹿のことだ。

どんな逆襲を食らうのかと想像するだけで泣けてくる。

だけど私の心配をよそに、鈴鹿は屈託のない笑みを見せた。

「バーカ、あんなの賭けになんねぇよ。 勝ちの決まった賭けでねだるほど、俺は意地汚くないぜ」

「えっ?」

どんな無理難題を吹っかけられるかと身構えていただけに、 その一言はあまりに意外すぎた。

きょとんとしている私に、鈴鹿は楽しそうに言葉を続ける。

「バスケ、楽しかっただろ? それだけで十分だ」

「うん……。で、でも……」

ありがたい申し出に、どう反応して良いのか戸惑ってしまう。

どうしてだろう、 いつもだったらラッキーとばかりに賭けの話を流してしまうところなのに。


口をつぐんでしまった私を見て、鈴鹿が困ったように頭を掻いた。

突然訪れた沈黙が、やけに息苦しい。

なんで、どうして私は、こんなにも緊張しているんだろう?

「じゃあさ、良かったらまた試合見に来いよ。 ぜってーはまるから、さ」

ぎこちなく視線をそらして、鈴鹿が沈黙を破った。

そのたどたどしい言葉が、なぜかすごく嬉しかった。

私を気遣ってくれた優しい言葉だと、そう思えたから。

「う、うん……」

言いたいことがいっぱいあるのに、結局頷くことしかできなかった。

軽い違和感が居心地悪いのか、鈴鹿が無造作にカバンを肩にかつぐ。

「じゃ、この話はもう終わりだ! 帰るぞ」

そう言うと、私には目もくれず、さっさと一人で歩き出してしまう。

「ちょ、ちょっと待ってよ、鈴鹿!」

慌ててその後ろ姿を追いかけながら、私はこの日を境に、 ちょっとだけ自分の認識が変わったことを知った。


バスケなんてつまらないと思っていたこと。

そして、鈴鹿を生意気なヤツだと思っていたこと。

触れてみて初めて分かることがあるんだって、今日初めて知ったんだ。

〜 Fin 〜

***

ダンクはただの願望の現れですっ(苦笑)

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