いたずら心 〜for.和馬5


思い切って聞いてみた私の質問に、別になんもねぇな、 と和馬くんはあまりにそっけない言葉を返してきた。

その返事に私が少しムッとしたことを、 たぶん和馬くんは知らないだろう。

彼の目はさっきからずっとバスケ雑誌に向けられたままなのだから。

「私の話、ちゃんと聞いてる?」

広げられた雑誌を強引に取り上げると、私はずいっと顔を近づける。

和馬くんはことさら大きなため息をついて、 ようやく私に目を向けた。

「だいたいな、そういうのはお前が考えることであって、 俺に直接聞くもんじゃねーだろ」

「うっ、それはそうだけど……」

言葉に詰まってひるんだ隙をついて、 和馬くんは私から雑誌を取り返すと、にんまりと意地悪な笑みを浮かべる。

「んじゃ、楽しみにしてっからな」

私の最終手段は、 なんとも他人行儀な一言であっさりと切り捨てられてしまった。



もうすぐ和馬くんの誕生日。

もちろん一年に一度の特別な日だから、 精一杯お祝いしてあげたいんだ。

でも未だに肝心のプレゼントを用意できないままでいた。

ケーキを焼くと言えば甘いものは苦手だと言われ、 マフラーでも編もうかと言えば 真っ赤になってそんなもん絶対いらないからなと宣告された。

他にもあれこれ提案したけれど、 どれもこれもが女っぽすぎて受け付けないと、 すべて却下されてしまうのだ。

それじゃ一体なにが欲しいのかと聞けば、 そっけない返事が返ってくるだけ。


そりゃもちろん、ものすっごい高価なものだったり、 なかなか手に入らないようなプレミアものをせがまれたりしたら、 それはそれで困ってしまうけど。

こうもはっきりとなにもないと言われてしまうと、 私からのプレゼントなんていらないって言われているみたいで、 ちょっと悲しい。


のんきに鼻歌交じりで雑誌のページをめくる和馬くんを、 私は恨めしげな視線で見つめる。

人がこんなに真剣に悩んでいるっていうのに、この態度はどうかと思う。

そう思ったら、ちょっとだけいたずらしたくなってしまった。

「あ、良いこと思いついちゃった」

唐突にそう切り出すと、私はにこにこと笑顔を向ける。

「なんだよ」

仕掛けた罠に気づかない和馬くんは、見事に私の言葉に食いついてきた。

「言ったら和馬くん、 どうせダメだって言うに決まってるもん。だからナイショ」

「あー、そうかよ」

舌打ちすると、和馬くんは乱暴に雑誌のページをめくり始める。

でもやっぱり私の言葉が気になるのか、 さっきからチラチラとこちらの様子をうかがっている。

わざとらしく、どうしようかなーなんて口にしながら、私は小声でささやいた。

「やっぱり気になる? 教えようか?」

そう言って、小さく手招き。

それにつられて、私に耳を近づけてくる和馬くんの、 隙だらけのほっぺに軽く唇を押し当てる。



――それは小さないたずら心。

私の悩みをよそにお気楽に雑誌を読んでいる和馬くんに、 ちょっとだけ仕返ししてやりたくなったんだ。

たっぷり数秒の間を置いてから、和馬くんの声が響き渡る。

「おまっ、急になにすんだよ!」

言い訳の代わりに、えへへと照れた笑顔でじっと見つめ返すと、 和馬くんはすぐにパッと視線をそらしてしまう。

一人ぶつぶつとなにやら呟いているところを見ると、 照れて恥ずかしがっているみたい。

その反応があまりに可愛くて、つい私はもっともっと、と欲張ってしまう。

「ほらほら、欲しいプレゼントをちゃんと真剣に考えないと、 今度は唇にキスしちゃうぞ!」

怒るかな、それとも照れて真っ赤になったりして……、 なんてことを想像するだけで、自然と口元がゆるんできてしまう。

そう思いながら和馬くんを見上げると、あんぐりと口を開けたまま、 軽く固まってしまっていた。

予想通りの反応にこみ上げてくる笑いを、私は必死にこらえる。

けれど次の瞬間、私の耳に、あまりに意外な言葉が届く。

「それも良いかもな」

「えっ!?」

ビックリして和馬くんの顔を見ると、 こちらを見つめる真剣な眼差しにぶつかった。

「あ、あの……、和馬くん?」

まるで私の心を射抜くような真っ直ぐな瞳に、知らず心臓が高鳴る。

自分で言った言葉なのに、今頃になってキスの重さが胸に来た。

それと同時に、今この雰囲気を打破するだけの勇気が、私にはない。

それ以上なにも言えず俯いてしまった私の頭を、和馬くんが軽く小突く。

「バーカ、ウソに決まってんだろ。 そんなのこっちから願い下げだっての!」

おなかを抱えておかしそうに笑う和馬くんを目の前にして、 私は恥ずかしさで顔が一気に熱くなる。


――完全にやられた…っ!!


和馬くんに仕掛けたはずの罠なのに、 どうやら私が見事にはまってしまったらしい。

「なによー、和馬くんの意地悪っ!」

ぷいっとふくれてそっぽを向いたが、和馬くんの笑いは当分納まりそうにない。


こうなったら、ものすっごいプレゼントを用意して、 ビックリさせてやるんだから!

覚えてなさいよ、和馬くんっ!!


握りしめた拳をふるわせて、私はそんな決意を新たにするのであった。

〜 Fin 〜

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