自転車にまたがったまま、大きなあくびをしている。
信号待ちの交差点で見つけたその後ろ姿に、私はすかさず駆け寄った。
「和馬くん、おはよ!」
背中をぽんと軽く叩く。
「おう」
振り返った和馬くんは、涙の残る目をこすりながら、かったるそうに返事をしてきた。
「なんだか眠そうだね」
「あぁ、昨日遅くまでNBAのビデオ見てたからな。 でもよ、スピードもキレも、本場はやっぱ違うぜ!」
今までの眠気はどこへやら、 和馬くんは太陽に負けないぐらいキラキラと瞳を輝かせる。
「今度お前にも貸してやるよ。すげー勉強になるぜ。おっと!」
信号が青へと変わり、和馬くんが自転車のペダルに足をかけた。
なんだかこのまま置いていかれそうな雰囲気に、私は思わず制服を掴んで引き留める。
「ねぇ、待って。ついでだから、後ろに乗っけてってよ」
「はぁ? なんでお前を乗せなきゃなんねぇんだよ」
やっぱり……。
一緒に登校する気なんかありませんって顔で、和馬くんが不満を漏らす。
「いーじゃん、減るもんじゃないんだし」
そう言うと、私はちょっと強引に自転車の後輪にある足かけに飛び乗り、 ちゃっかり後ろを陣取ってやるのだ。
「ほらほら、早くしないと遅刻しちゃうよー!」
「ったく、しゃーねぇな。昼にジュースおごれよな」
「分かってるって!」
いつもより高い目線から見る景色は、早いスピードでざぁざぁと後ろに流れていく。
過ぎゆく風と一緒に、空のてっぺんまで連れて行かれそうな勢いだ。
「振り落とされないように、しっかり掴まってろよ!」
こんなに早く自転車を走らせているのに、息すら切らしていない様子で、 和馬くんが笑って言った。
「あ、うんっ!」
私は和馬くんの首に腕を回すと、言われたとおり、ぎゅっと強く抱きついた。
慌てた様子で和馬くんがなにか言ってるけど、 風がうるさくて聞こえないってフリしておくんだ。
だってしっかり掴まってろって言ったのは、和馬くんの方なんだもん、ね?
〜 Fin 〜
***
自転車通学という設定で書いてみました。
次の作品は、この話の続きを和馬視点で書きました。