玄関のドアを開けたら、なにやら不思議な格好をした彼女が、 嬉しそうに声を上げた。
「格くん、トリック・オア・トリート?」
「……え?」
突然のことにまったく状況が飲み込めず、僕は慌てて解析を試みる。
今日は10月31日、ハロウィンだ。
ヨーロッパでは魔女やお化けに扮した子どもたちが近くの家を訪ね、 彼女と同じように「トリック・オア・トリート」と言い、お菓子をもらう。
そう考えれば、トンガリ帽子に黒マントという彼女の格好は、 恐らく魔女をイメージしてのことだろう。
どうやら彼女はハロウィンの風習に従い、 僕の家にお菓子をもらいに来た……、ということなのだろうか。
なぜ子どもの遊びをしているのかは分からないが、 魔女に扮する彼女に僕は少しドキドキしていた。
急に家を訪ねて来たからか、 それとも仮装する彼女がいつもと違って見えるせいなのか。
その理由ははっきりしないが、ワクワクするような嬉しさがこみ上げてきた。
「えーと。確か、ハッピーハロウィンと答えるんだったかな?」
「うん、そうだよ。格くん、ありがとう」
そう言って笑うと、彼女は手にしたカゴから両手いっぱいのキャンディを僕に手渡す。
「急に来てごめんね。それじゃ、またね」
まるで風のように立ち去ろうとする彼女の背中に、 僕は半ば反射的に声をかけていた。
「ま、待ってくれ」
しかし、その後に続く言葉が見つからない。
僕は少し焦りを感じながら、言い訳じみた言葉を探す。
「あ……。いや、その。これからまだ他の家に行くのかい?」
言うべきことはもっと他にあるだろうに、結局出てきたのはそんな言葉だった。
しかし僕の苦し紛れの言葉に、彼女は顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。
「……やだよ、恥ずかしいもん」
あまりに予想外の返事に、僕は驚きを隠せない。
「それなら、どうして僕の家に来たんだい?」
「それは……、格くんにキャンディをあげたかったから」
「でも本来ならキャンディをあげるのは僕の方で……」
「あぁ、もう。細かいことはいいの!」
つい理屈を求めてしまう僕を、少し乱暴に彼女が制する。
そのままくるりと背を向けると、消え入りそうな声で言葉を続けた。
「格くんってば、また根を詰めてそうだったから、 ちょっと息抜きさせたかっただけなの。こんなの本当にくだらないよね、 ごめんね」
あぁ、どうして子どもの遊びだと思ってしまったのだろう。
彼女は純粋に僕のことだけを考えて、勇気を出して行動してくれていたというのに。
「ごめん。謝るのは僕の方だ」
そう、理由は初めからちゃんと分かっていたんだ。
今だって本当は彼女の笑顔が見られて、たまらなく嬉しいはずなのに。
恥ずかしいから、照れくさいからと逃げるなんて、 彼女になんて失礼なことをしていたんだろう。
「来てくれてありがとう。その、 君の顔が見られてとても嬉しかった」
「……本当?」
ようやく僕の方を見てくれたものの、まだどこか不安の残る顔で尋ねてくる。
だから僕は安心させるように、はっきりと断言した。
「本当さ。だからもう少し一緒にいさせて欲しい。ちょっとじゃなく、もっとたくさん息抜きしたいんだ」
僕がその手を引き寄せると、彼女は素直に体を預けてきた。
この優しい魔女の額に唇を押し当て、僕はもう一度ハッピーハロウィンと囁いた。
〜 Fin 〜