にこにこと優しい笑顔を浮かべたまま、桜弥くんが足を止める。
「バラが綺麗に咲いていますね」
その視線にうながされて、私は桜弥くんの言うバラの生け垣に目を向けた。
「わぁ、ホント綺麗! 私、赤いバラが一番好きなの」
「そうですね。バラの学名はローザと言って、 その語源は紅を意味するギリシャ語からではないかと言われていますしね」
「じゃあやっぱりバラは赤が一番ってことね」
そう言って、私は生け垣に咲き誇る赤いバラに手を伸ばす。
「痛っ!」
その途端、指先に鋭い痛みを感じて顔をゆがめた。
どうやらバラのトゲが刺さったみたい。
「手を貸してください。あ、血が……」
指先からにじみ出た血を見て、桜弥くんはあまりに自然に、 それを口元に持っていった。
触れた唇と舌の感触が、傷口を優しくふさぐ。
「さ、桜弥くんっ!?」
「え……、あっ!」
ハッとしたように目を見開くと、桜弥くんはすぐに手を離した。
「ご、ごめんなさい。つい……、いえ。あの、本当にすみません!」
真っ赤になって頭を下げる桜弥くんを見て、私もかぁっと頬が熱くなる。
「ううん、いいの。そんなに謝らないで」
胸の辺りでぎゅっと手を握りしめて、ドキドキとはやる鼓動を落ち着ける。
おずおずと桜弥くんに視線を向けると、本当に困ったような顔でこっちを見ていた。
「……ちゃんと消毒して、手当てしますね」
どんよりと沈んだ表情を見せる桜弥くんは、後悔で押しつぶされそうになっている。
「そんな、大げさだよ。たいしたケガじゃないし」
桜弥くんの優しさから出た行動なのに、と思ったら、 私はいてもたってもいられなくなった。
軽くその肩を叩くと、安心させるようにとびきりの笑顔を向ける。
「それに手当てなら桜弥くんがしてくれたから、これで大丈夫だよ」
「えぇ!? でも……」
「だって、どんな消毒よりも、一番効きそうな気がするもん」
私の言葉に、桜弥くんはみるみるうちに顔を真っ赤にさせたが、
「あの、ありがとうございます」
と言うと、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
――きっと私の一番の薬は、桜弥くんの笑顔なんだろうな。
でもそれを口にするのはさすがに恥ずかしいから、 心の中でそっと呟いておくことにした。
〜 Fin 〜