ライバル 〜for.壬


いつものように喫茶店へと続く道。

2、3歩先を歩くあいつの足取りはどこまでも軽やかだ。

対する俺はと言えば、今の気持ちと同じくどんよりと重い。

そんな二人の距離は一向に縮まらない。

「……なぁ」

俺の言葉に、あいつは舞うようにくるりと振り返った。

そのにこやかな笑顔が、少し眩しい。

「なぁに?」

「あのさ……」

顔を覗き込まれると、本心を見透かされそうな気がして、 焦って言葉を続ける。

「本当は俺とこうして勉強すんの、めーわくなんじゃねーの」

その途端、あいつから笑顔が消えた。

代わりに、寂しげな瞳がじぃっと俺を見つめ返す。

「ごめんね。壬くんは私と勉強するの、迷惑だったんだね」

「違う、そうじゃなくて……」

なんとなく気まずい雰囲気に気おされて、俺は視線を足元へと落とす。

こんなとき、ガキが言い訳するみてぇに妙に小さな声しか出ねぇ。

「そうじゃなくてさ。 俺がお前の勉強の邪魔してんじゃねーかと思って、さ」

「なぁんだ、そんなことか。心配して損しちゃった」

俺の不安をよそに、やたらと明るい声が返ってきた。

「壬くんに勉強を教えるのって、実は私の勉強にもなってるんだよ。だから私は自分の勉強のために、 壬くんに教えているだけだもん」

安心しきった顔で微笑むと、あいつはさらに言葉を続ける。

「それに壬くんってば飲み込みが早いから、 こっちもうかうかしていられないんだよね。 私たち一応ライバルなんだし、 壬くんだけが合格なんてシャレにならないもん。それがちょっと心配だわ」

これがお世辞や気休めじゃないのは、こいつの性格を考えればすぐに分かる。

あまりに優等生な返答に思わず苦笑するが、本音はものすごくホッとしていた。


俺は足早に歩くと、あいつの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。

「ぜってー二人で合格しような」

自分で言ってて恥ずかしくなる。

赤い顔を見られたくなくて、そのままあいつを追い抜いて先へと歩き出した。

ぱたぱたと後をついてくる足音が聞こえたかと思ったら、 ばしっ! と背中を叩かれた。

「私が教えてるんだから当然でしょ。 これから先は同じ大学を目指すライバルなんだからね。負けないわよーっ!!」

握りこぶしを頭上へと伸ばし、あいつがそう意気込む。

こんな頼りになるライバルがいるんじゃ、 くだらないことでのんびりと立ち止まってるヒマなんかねぇ。

負けてられねぇのはこっちの方なんだもんな。

不安な思いも焦る気持ちも全部ひっくるめて、とにかく前を向いて突っ走るしかねぇんだ。

「ではライバル殿、どっちが先にサテンに着くか競争だぜ」

ニヤリと笑ってそう言う俺に、あいつも不敵の笑みを返す。

「望むところよ!」

よーい、どん! という掛け声とともに、一斉に走り出す。

今はまだ足元にも及ばないかもしれねぇが、絶対に追いついてみせる。

そして必ずこの手で捕まえてやるさ。

大学合格も、そしてお前のことも……。

〜 Fin 〜

雪の花冠トップページ