第10話 居場所

突然雷が鳴り出したと思ったら激しい雨が降り始めた。

勢いを増した雷雨はまるで窓を叩きつけるような激しさだ。

「おぉ、降ってきたな」

風呂から出てきた親父が、タオルで頭を拭きながらリビングに入ってきた。

「あらやだ。本当ね」

のんきにそんな会話をする両親を前にして、俺一人だけが焦っていた。

とっさに思い浮かんだのは七瀬のことだ。

きっとこの雨の中、道路の隅っこの方で一人寂しく濡れているに違いない。

そう思ったら居ても立ってもいられなくて、俺はドアに直行する。

「ちょっと出てくる!」

そう言い残して出て行こうとしたら、さすがにお袋に引き止められた。

「いったいどこへ行くつもりなの?」

本当は無意味なことだって分かってる。

たとえ七瀬がこの雷雨の中にいたって、濡れるわけでもなけりゃ風邪をひくわけでもねぇ。

晴れていようが雨が降っていようが、七瀬にはなんの影響もないんだ。

でも、だからこそ俺は七瀬を探さなくちゃいけねぇと思った。

他でもないあいつだからこそ。

「俺はもう大丈夫だから。だからそのことを伝えなくちゃいけねぇやつがいるんだ」

俺が迎えに行ってやらなくちゃ、七瀬が自分から戻ってきたりするわけがねぇ。

こんなことになっちまったのは俺の責任なんだ。

なんとしても探し出して連れ帰らなきゃいけねぇんだ。

「でもなにもこんな雨の夜に会いに行かなくても……」

「アッハッハ!好きにさせてやれば良いじゃないか」

まだ渋るお袋を、親父が豪快に笑い飛ばした。

ちっと拍子抜けしてる俺をまっすぐに見ると、意味ありげににんまりと笑う。

「どうやらその子のおかげでいろいろと吹っ切れたみたいだしな。 よっぽど大切な子なんだろ」

「あらまぁ」

興味津々といった様子で、お袋までニヤニヤと笑ってくる。


――なんなんだ、この展開はっ!!

はっきり言って耐えらんねぇ。

「つーか、なに勝手な想像してんだよ! 七瀬はそんなんじゃねぇよ!!」

それ以上の追求を遮るように、思いっきりドアをバタンと閉めた。

どうせまだ話の続きでもしてんのかと思ったら納得いかなくて、 わざとドカドカと足を踏み鳴らして歩いた。


あー、考えてみりゃ相手は男だとでも言っときゃ良かった。

あれじゃ完全に誤解させちまったよな。

もっとも七瀬は女である以前にユーレイで、昨日まで俺の部屋に住んでたんだけど。

そんなこと言ったって信じるわけねーか。

ふぅと一つため息をつくと、俺は激しく降り続ける雷雨の中へと飛び出した。


* * *


探すといっても、俺は七瀬のことをなにも知らなかった。

家がどこにあるのかも、普段どこに出掛けているのかも、好きな場所なんかもなに一つ知らない。

「あのバカ。いったいどこ行ったんだ」

ただ闇雲に走り回っても見つからねぇか。

はぁはぁと上がった息を整えながら、俺はいったん立ち止まった。


学校や駅前広場、商店街。

念のためバス停や新はばたき駅の方まで足を伸ばした。

思いつくところはざっと探したってのに、全然七瀬が見つからねぇ。

いくら見えないからといって七瀬が無断で人の家に上がり込むとは思えない。

絶対外にいるはずなんだ。それもできるだけ人がいないような場所。

「かと言って、だいたいのところは回ったぞ。これ以上どこを探せば良いんだよ……」

俺は雨宿りしている軒下に力なく座り込んだ。

雷の遠ざかる音を聞きながら、ぼんやりと道行く人を眺めてみる。

みんな足早に通り過ぎて行くだけで、俺なんかには見向きもしない。

それはまるで世界から取り残されたような、そんな言いようのない寂しさを感じた。

そう、この同じ夜のどこかに七瀬もいるんだ。


――早く、見つけてやらなくちゃ……。


雨のしずくが落ちる前髪を無造作にかき上げる。

持っている傘が気休めにしかならないぐらい、全身びしょ濡れだった。

最近良く濡れるな、とため息をつきかけたところでハッとする。

「そうか、あの場所か」

確証はない。だが七瀬は絶対そこにいる。

俺と一緒に出掛けた、あの森林公園に――。


* * *


あんなに降り続けていた雨は、森林公園につく頃にはだいぶ小降りになっていた。

点々と灯る明かりに照らし出され、ひと気もなくガランとした公園はどこか心細さすら感じる。

ときどき足元でぱしゃりと水溜りが音を立てるぐらいで、あとはどこまでもひっそりと静まり返っていた。


そんな中、七瀬を見つけた。


薄暗い公園にただ一人、噴水広場の影に隠れるようにしゃがみ込んでいた。

夜だからか、それともユーレイだからなのか。

七瀬の姿はぼんやりと白く光って見えて、引き寄せられるように自然と足が向かっていた。

「やっと、見つけた……」

差しかけた傘の下で、七瀬がビクリと肩を揺らす。

恐る恐るといった雰囲気で、ゆっくりと振り返った。

「えっ、――和馬、くん?」

大きな瞳をさらに大きくして、何度も瞬きを繰り返している。


見つけたら怒鳴りつけてやるつもりだった。

この俺が雷雨の中を駆けずり回って探したんだ。

本当なら怒鳴ったって気が収まらないぐらいなのに。それなのに……。

「……帰るぞ」

短く言うと、七瀬に背を向けた。


それなのに、どうして怒りが消えちまったんだろう。

――七瀬が見つかった。

ただそれだけでたまらなくホッとして、俺はもう他のことなんてどうでも良くなっていた。

〜 続く 〜

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