第11話 笑顔の裏側

七瀬がふぅと小さくため息をついた。

右手にひやりとした感覚。

たぶん七瀬が手を重ねたんだろう。

「ごめんなさい。このまま一緒には帰れません」

それは予想していた返事だった。

そりゃあんなヒドいこと言っちまったんだ、なんでもない顔して帰れるわけがねぇよな。

だいたい七瀬は帰るつもりなんかなかっただろうし。

「そうか。帰るのも帰らねぇのも七瀬の自由だ。お前が決めれば良い」

そう言うと、俺は噴水の縁にどっかりと座り込んだ。

すでにびしょ濡れだったから、今さら濡れることに抵抗は無い。

組んだ足の上にヒジを置いて頬杖をつく。

「だが俺もさんざん探し回ったんだ。簡単には諦めねーからな」

「…………」

七瀬はなにも言わなかったが、どこか嬉しそうに見えるのは自惚れだろうか。

こうして雨の夜にほのかに光って見える七瀬は、まるで冬のイルミネーションみてーにキレイだった。

惹きつけられて、目が離せなくなる。

「しかし、なんだってこんなところにいたんだよ。森林公園なんて思いつきもしなかった ぜ」

どうせ真っ向から話したところで七瀬を説得させられるとも思えなくて、あえて別の話題を振ってみた。

そのせいか、七瀬もすんなりと答えてくれる。

「そうですか。私は逆にここ以外思い浮かばなかったのですが」

「そんなことねーだろ。もっと他に好きな場所とか思い出の場所とか、せめて雨風しのげ るところとかあるだろ」

「好きな場所……、思い出……」

そう呟いたかと思うとついには、うーん、と悩み出してしまった。


そんなに行く場所ってないものか?

結構フラフラと出歩いてるイメージがあったけど。

「じゃあ俺の部屋にいないときは、いつもどこに行ってるんだよ」

「それは、その。……家の、近くとか……」

「家って自分の家か?」

七瀬が静かに頷いた。


これはさすがに意外だった。

お袋に会ったときの七瀬の様子じゃ、とても自分の家に帰れるようには見えなかったんだが。

「だったらこんな場所にいなくても、自分の家に帰れば良かったじゃねーか」

「そうなんですよね……」

しみじみと話す口調はどこまでものんびりしたものだったが、妙に聞き流せないなにかを感じた。

「……七瀬?」

しっくり来なくて名前を呼ぶと、七瀬はとても静かに笑った。

それは俺でも確信できるほどの、切なくて悲しい作り笑顔だった。

そのまま俺の隣にそっと腰を下ろす。

「ユーレイになってから何度も帰ろうと思いました。何度も、何度も……」

やはり帰りたくても帰れなかったのか。

笑顔の奥に隠された深い悲しみが、雨と一緒に染み込んでくるようだった。

「行きたい場所はたくさんあります。会いたい人もたくさん。……でも、私が行ける場所な んてほとんどありません」

「じゃあお前は自分の家の近くにいて、なにもせずに見ていただけだったのか?」

そんなの辛いだけなんじゃないのか、とは言えなかった。

分かっていても行かずにはいられなかったんだろう。

公園の果てしない暗闇を見つめながら、七瀬が口を開く。

「私の声も姿も誰にも分かってもらえませんが、それでも良いのです。 こうしてユーレイとしてまだこの世に存在することができる。それはとても幸せなことです。私は一人でも大丈夫です。今のままで十分なんです」

まるで無理矢理自分にそう言い聞かせているようだった。

口に出さなくたって分かるぐらい辛そうな目をしている。

正直、痛々しくて見てらんねぇ。

「だったら、そんな顔すんな」

「えっ」

七瀬が驚いたように目を見開いた。

大きな瞳が不安に揺れている。

「そんな辛そうな顔、してんじゃねーよ」

足元に視線を落として、俺はもう一度そう呟いた。

〜 続く 〜

雪の花冠トップページ