目をつむると軽く息を吐き出す。
耳元ではテンポの良い曲が軽快なリズムを刻む。
高ぶる気持ちをグッと抑え、再び目を開くと明るい視界が広がった。
――よしっ!
狙いを定めて放ったボールは綺麗な弧を描いてゴールに収まる。
久々に持ったボールの感触に最初こそヒヤリとしたが、意外とすぐに感覚を取り戻すことができた。
「ふぅ……」
ゴールを通ったボールが跳ねながら転がっていくのを見つめながら、俺はつい気が抜けたようにその場に座り込んだ。
感覚は取り戻せても、やはり体力はがた落ちだ。
怠けきった体はなかなか言うことを聞いてくれない。
歯がゆい思いを噛みしめていたら、頭上からパチパチと拍手の音が聞こえてきた。
「ナイスシュート!」
「……七瀬」
いつからそこで見ていたのか、白いサマードレスのスカートをなびかせながら、七瀬がとびきりの笑顔で手を振っていた。
俺はウォークマンの曲を止めると、イヤホンを外す。
「やっぱり和馬くんのシュートはフォームが綺麗ですね」
俺の視線と同じ高さまで降りてくると、七瀬は嬉しそうにそう言った。
「やっぱりって、俺の試合とか見に来たことなんかあったっけ」
「だって和馬くんは期待の星でしたから。クラスのみなさんが応援してましたよ」
「そりゃどーも」
思わずそっけない返事をしてしまった。
クラスメイトが今の俺を知ったら、なんて思ったら素直に受け取れなかった。
妙な焦りと情けなさから逃げ出すように立ち上がると、のろのろとボールを取りに行く。
――なんつーか、やっぱ俺ってなんも変わってねぇな……。
掴んだボールを意味もなくバウンドさせながら、情けないため息がこぼれていく。
「大丈夫です。だって和馬くんは、和馬くんですから」
ふいに背中越しに聞こえてきた言葉に、思わずプッと吹き出した。
「え、えぇ? なにかおかしなことを言いましたか?」
オロオロする七瀬を見ていたら余計に笑いが止まらなくなる。
「なんだそれ、意味分かんねぇ。もっと気の利いたこと言えよ」
「すみません」
「だーかーらー。そこは謝るところじゃねーだろ」
「はい、すみません……」
俺の言ったことが分かってるのかどうなのか、またも七瀬が謝った。
そして、頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かべながら小首をかしげている。
本当にこんな手のかかるユーレイが、俺の中でこんなに大きな存在になるなんてな。
一度認めちまったらしっくり来るのか、七瀬の隣は随分と居心地が良い。
「俺さ、ごちゃごちゃ考えるのはやめにした。もう一回アメリカへ行く。頭ん中空っぽにして一から出直すんだ。お前 がいてくれたら、やり直せる気がする」
「私が、ですか?」
「そう。七瀬って頭良かったじゃねーか。ついでに通訳とかしてくれよ。マジで助かる」
「和馬くん!?」
「わー、バカ。ウソだって、冗談冗談! お前はなんもしなくていいぜ。そばにいてくれるだけで良い」
七瀬のことだから、嬉しい! とか言って飛びついて来たりするかと思ったが、意外なほどに冷静に、ただにっこりと微笑むだけだった。
なんだか一瞬ものすごく七瀬を遠くに感じて、引き留めるように思わずその名を呼んだ。
「七瀬?」
七瀬はゆっくりうつむくと、消え入りそうな声で呟いた。
「良かった、間に合って……」
いつも俺に対して丁寧な言葉で話す七瀬が、このときだけはそうじゃなかった。
きっとたぶん、それは誰に言うでもなくこぼれ落ちた言葉なのだろう。
そこまで心配させたことが申し訳なくて、それと同時に無性に照れくさくて、俺はふいっと背を向けた。
「バーカ。お前に心配されなくたって、バスケを辞めたりなんかしねーよ」
俺は逃げるようにイヤホンで耳をふさぐと、再び練習に向かった。
「――え? あ、いえ。そうではなくて、ですね……」
そう、このときの俺はやっぱり自分勝手で自己満足の塊だったんだ。
俺の背後で七瀬が悲しそうに呟いた言葉に、最後まで気づいてやることができなかったのだから。
〜 続く 〜