第14話 大きな存在

目をつむると軽く息を吐き出す。

耳元ではテンポの良い曲が軽快なリズムを刻む。

高ぶる気持ちをグッと抑え、再び目を開くと明るい視界が広がった。


――よしっ!


狙いを定めて放ったボールは綺麗な弧を描いてゴールに収まる。

久々に持ったボールの感触に最初こそヒヤリとしたが、意外とすぐに感覚を取り戻すことができた。

「ふぅ……」

ゴールを通ったボールが跳ねながら転がっていくのを見つめながら、俺はつい気が抜けたようにその場に座り込んだ。

感覚は取り戻せても、やはり体力はがた落ちだ。

怠けきった体はなかなか言うことを聞いてくれない。

歯がゆい思いを噛みしめていたら、頭上からパチパチと拍手の音が聞こえてきた。

「ナイスシュート!」

「……七瀬」

いつからそこで見ていたのか、白いサマードレスのスカートをなびかせながら、七瀬がとびきりの笑顔で手を振っていた。

俺はウォークマンの曲を止めると、イヤホンを外す。

「やっぱり和馬くんのシュートはフォームが綺麗ですね」

俺の視線と同じ高さまで降りてくると、七瀬は嬉しそうにそう言った。

「やっぱりって、俺の試合とか見に来たことなんかあったっけ」

「だって和馬くんは期待の星でしたから。クラスのみなさんが応援してましたよ」

「そりゃどーも」

思わずそっけない返事をしてしまった。

クラスメイトが今の俺を知ったら、なんて思ったら素直に受け取れなかった。

妙な焦りと情けなさから逃げ出すように立ち上がると、のろのろとボールを取りに行く。


――なんつーか、やっぱ俺ってなんも変わってねぇな……。


掴んだボールを意味もなくバウンドさせながら、情けないため息がこぼれていく。

「大丈夫です。だって和馬くんは、和馬くんですから」

ふいに背中越しに聞こえてきた言葉に、思わずプッと吹き出した。

「え、えぇ? なにかおかしなことを言いましたか?」

オロオロする七瀬を見ていたら余計に笑いが止まらなくなる。

「なんだそれ、意味分かんねぇ。もっと気の利いたこと言えよ」

「すみません」

「だーかーらー。そこは謝るところじゃねーだろ」

「はい、すみません……」

俺の言ったことが分かってるのかどうなのか、またも七瀬が謝った。

そして、頭にたくさんのクエスチョンマークを浮かべながら小首をかしげている。


本当にこんな手のかかるユーレイが、俺の中でこんなに大きな存在になるなんてな。

一度認めちまったらしっくり来るのか、七瀬の隣は随分と居心地が良い。

「俺さ、ごちゃごちゃ考えるのはやめにした。もう一回アメリカへ行く。頭ん中空っぽにして一から出直すんだ。お前 がいてくれたら、やり直せる気がする」

「私が、ですか?」

「そう。七瀬って頭良かったじゃねーか。ついでに通訳とかしてくれよ。マジで助かる」

「和馬くん!?」

「わー、バカ。ウソだって、冗談冗談! お前はなんもしなくていいぜ。そばにいてくれるだけで良い」

七瀬のことだから、嬉しい! とか言って飛びついて来たりするかと思ったが、意外なほどに冷静に、ただにっこりと微笑むだけだった。

なんだか一瞬ものすごく七瀬を遠くに感じて、引き留めるように思わずその名を呼んだ。

「七瀬?」

七瀬はゆっくりうつむくと、消え入りそうな声で呟いた。

「良かった、間に合って……」

いつも俺に対して丁寧な言葉で話す七瀬が、このときだけはそうじゃなかった。

きっとたぶん、それは誰に言うでもなくこぼれ落ちた言葉なのだろう。

そこまで心配させたことが申し訳なくて、それと同時に無性に照れくさくて、俺はふいっと背を向けた。

「バーカ。お前に心配されなくたって、バスケを辞めたりなんかしねーよ」

俺は逃げるようにイヤホンで耳をふさぐと、再び練習に向かった。

「――え? あ、いえ。そうではなくて、ですね……」

そう、このときの俺はやっぱり自分勝手で自己満足の塊だったんだ。

俺の背後で七瀬が悲しそうに呟いた言葉に、最後まで気づいてやることができなかったのだから。

〜 続く 〜

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