朝早くから身支度をしていたら、ひょっこりと七瀬が顔を出した。
「どこかへお出かけですか」
いつもならボール片手にラフな格好してんだから、さすがにネクタイ締めてりゃ違うって思うよな。
思わず鏡の中の自分に苦笑いする。
「あぁ、氷室んところ」
「きちんとお話しできると良いですね」
にこやかな笑顔でそう言われたが、正直ちっとばかり緊張していた。
なにせ氷室とはあの電話での一件以来だ。
いくら苛立っていたとはいえ話の途中で強引に切っちまったんだよな。
その詫びや今までのいきさつと、それから今後のこと。
この短い間になんかいろいろあったんだよな。
うまく説明できる気もしねぇし、説得できる自信もない。
考えただけでぐったりしそうだ。
「あの……。一緒についていきましょうか?」
あまりにさりげなく言われたから、つい頷きそうになっちまった。
いやいや、それだけは絶対にダメだ。
頭によみがえるのは、家族とのことを話した、あの七瀬の悲しい作り笑顔。
声も聞こえなければ姿も見えない。ただ見ていることしかできないんだ。
俺がうまく立ち回れたらいーんだろうけど、はっきり言って自信がねぇし。
どうせ七瀬に辛い思いをさせるだけなら、ここはきっぱり断らなきゃならねぇ。
「バーカ、心配すんなって。一応お袋も一緒だし、大丈夫だっての」
「それはなにより心強いですね」
まるで自分のことのように嬉しそうに笑う七瀬を見ていたら、変に緊張して固くなってる自分がバカらしくなってきた。
「その、サンキュ。お前の気持ちはありがてーから、さ」
「――はいっ」
その笑顔に後押しされるように、鏡の前でネクタイを締め直した。
支度が終わった俺は部屋を出ていこうとして、ふとカレンダーに目を止める。
「そういや、お前の墓参りしてねーよな。盆も近いし、せっかくだから線香ぐらいあげてきてやるぜ」
「えっ……」
驚いたように目を丸くする七瀬を見て、なんでこんな大事なことを今まですっかり忘れちまっていたのかと頭をかいた。
自分のことで手一杯で、七瀬のことまで気を回してやる余裕がなかったんだよな。
俺のことはひと段落ついたわけだし、帰りにちっと寄って行くか。
「まー、本人を目の前にして言うのも変な話だが、お前にはいろいろと世話になってるからさ。いや、待てよ。線香って 確かあの世とこの世の橋渡し的なもんだったっけ。だとしたら、お前の場合は……」
ややこしいな、と頭をひねっていると、予想外の言葉が返ってきた。
「あ、あの。非常に申し上げにくいのですが、できましたら私のお墓には行かないでいただけませんか」
「はぁ、なんでだよ。別に線香あげたからって、早く成仏しろとか思ってるわけじゃねーぞ。それじゃむしろ俺が困 る」
意地悪く笑ってやったが、七瀬はにこりともしなかった。
険しい顔をしたまま、小さく口を開く。
「もし和馬くんが私のことを気遣ってくださるなら、どうか私のお墓には行かないでください。お願いします」
どこか苦しそうな表情を浮かべると、七瀬は深々と頭を下げた。
〜 続く 〜