そのまま帰っても良かったんだが、とにかく納得がいかなかった。
俺は再びお墓の前まで戻ると、間接的に七瀬妃茉莉と向き合った。
「いろいろ面倒なことになったから、 とりあえず行くなと言われた墓参りに行ったことは謝る。悪かった。 きっとすべてお前の予想通りの、最悪の結末になったんだろうな」
そして結局その理由が分からねぇままなのが腑に落ちねぇ。
高校の時の俺とお前にそんなに接点なんかあったと思えねぇんだが、 これはあんまりな仕打ちじゃねーか。
「俺を追い出したあいつはお前の弟か。 なんかお前からは想像もつかねぇぐらいすげー生意気だったぞ」
そして俺のことを恨んでるような言い分だった。
会ったの、今日が初めてだろ。
「ねえちゃんに会う資格なんかない、かぁ。本当にその通りだぜ」
死んでもなおユーレイとして俺の部屋に居候してるなんて知ったら、 あの弟はひっくり返っちまうんじゃねーか。
そんな乾いた笑いはすぐにため息に変わった。
「なーんて、笑えるわけねーだろ。お前のことも、弟のことも、 お袋さんも、これからどーすりゃいーんだ……」
自分で蒔いた種とはいえ、まさかこんな展開になるとは思ってもみなかった。
思わず頭を抱え込んでいたら、背後から声をかけられた。
「和馬くん!」
「え、あっ。妃茉莉さんのお袋さん……」
「あぁ、良かったわ、ここにいたのね」
息を切らしている様子からも、あのあと慌てて追いかけてきたのだろう。
お袋さんは俺を見失わずに済んだことに安心してたのか、笑顔を見せた。
「尽が突然入ってきて和馬くんを追い出しちゃって。 全部私のせいね、本当にごめんなさい」
丁寧に頭を下げるその姿が妃茉莉と重なって、どうしようもなく息が苦しくなった。
もとはと言えば止められていたのにのこのこと墓参りに来た自分が悪いのだ。
「俺の方こそすみません。今頃になって墓参りなんて、ちっと無神経でした」
「いいえ、いいえ。和馬くんに会えて本当に嬉しかったのよ。来てくれてありがとう」
そう言ってにこりと笑うお袋さんの瞳にはウソがなくて、俺は少しだけホッとする。
「尽もね、悪気はないのよ。あの子の言った言葉は本当に気にしないであげて。 まだ心の整理がつかなくて、誰かのせいにしないと妃茉莉の死を受け入れられないのよ。 本当は誰のせいでもないって分かっているのよ。でも、だから余計に、ね」
「――でも、なんでそれが俺のせい?」
今までの疑問がするりと口からこぼれ落ちた。
その一言をきっかけに、次々と言葉が波のように押し寄せてくる。
「妃茉莉さんの弟の、尽くんでしたっけ。 彼ははっきりと俺は妃茉莉さんに会う資格はないって言った。 そりゃ葬式にも出なかったし、今頃墓参りって腹立てるのも分かるけど、だけど……」
俺に詰め寄る尽には鬼気迫るものがあった。
あれは一時の感情じゃなく、ずっと積もりに積もった怒りが爆発したような感じだった。
「心の整理がつかないとか、誰かのせいにしないと受け入れられないとか。 そんなうわべの言葉じゃごまかしきれないぐらい、俺に対して怒ってた。いや、あれは恨んでいたんだ」
その答えが分からない限り、今日は帰れない気がした。
俺は覚悟を決めると、汗ばむ拳をきつく握り締める。
「もし俺に隠していることがあるなら、全部教えてください。 俺はいつも自分のことで手一杯で、普通なら分かることにさえ気づかねぇことがある。 だけどそのせいで誰かを辛い目に合わせているならきちんと謝りたい。 原因も分からずに責められて、悪気はないから気にするなって言われても、そんなの無理だ」
まくしたてるようにキツい口調ではっきりと断言した。
きっとお袋さんを悲しませるだろうと思ったが、返ってきたのは嬉しそうな笑い声。
「ふふっ。和馬くんならきっとそう言ってくれると思っていたわ」
「――えっ?」
お袋さんは持っていた紙袋をそっと俺に差し出した。
「さっき渡しそびれてしまった妃茉莉のノートよ。 これを見てもらえば、和馬くんの知りたかったことが全部分かると思うわ。 きっと和馬くんなら見たことを後悔しないと思うから、貸してあげる」
受け取った紙袋の中にはさっきのノート以外にも、包装紙に包まれたものがいくつか入っていた。
「妃茉莉に怒られちゃうから、ノートだけは返してね。もちろんいつでも良いわ。 気が向いたら、また返しにいらっしゃい」
遠回しにまた来ることを約束させると、ひらひらと手を振ってお袋さんは静かに去っていった。
〜 続く 〜