第20話 ノート

俺はしばらくの間、妃茉莉の墓の前で一人ぽつんと立ち尽くしていた。

どれぐらいそうしていたのか、じりじりと焼かれる太陽の下で、 やけに重く感じる紙袋をようやく開ける決心をする。

まずは包装紙の中身から、と慎重に封を切った。

「スポーツタオルと、リストバンド。それにこれは、書きかけの色紙?」

色紙にはカラフルなペンで「アメリカ留学頑張って!」と書かれていたが、 周りにあるメッセージはたったの数個で、半分以上はまだ白紙のままだった。

妙な緊張感から解放されて、俺は思わずぐったりとその場にしゃがみ込む。

「なんだこれ。まるで俺の留学祝いみてぇな……。 お袋さんがあんなこと言うからなにが出てくるかとビビったじゃねーか」

ぼんやりと書きかけの色紙を眺めていたら、ふっと記憶がよみがえってきた。

「――いや、待てよ。確かあいつ、そんなこと言ってたよな」

俺が留学する日にクラス全員で空港まで見送りにいく予定が、 自分が死んじまったせいで台無しにしちまったって。

そう、誰が留学祝いを計画していたのかなんて、それこそ考えもしなかった。

こんな大掛かりなサプライズだ、相当な準備が必要だろう。

それこそ卒業しちまったクラスメイト全員に連絡を取るだけでも大変な作業だ。

「それじゃ、あいつが最後に頑張ってたことって……」

心臓がバクバクと激しく音を立てた。

伝い落ちる汗を乱暴に拭うと、一度だけ深呼吸してから、ノートを開く。

「――っ!」

そこには留学の見送りに関することがびっしりと何ページにも渡り書かれていた。

いくつもの案が大きなバツ印で消され、また次に新しい案を考える。

クラスメイトのリストには、当日参加できるかどうかや、 色紙を書いてもらうための約束の日時が書かれている。

それでも連絡の取れないヤツもかなりいた。

氷室からのアドバイスがメモ書きされていることから、この計画に手を貸していたんだろう。

だから氷室は、墓参りに行くのを濁そうとした俺にあんなことを口走ったんだ。

――彼女は君のために……。


そう、妃茉莉は俺のために留学祝いを計画していたんだ。

それは卒業後から何か月もかけて練られた、サプライズ企画のすべてだった。


だけど悲しいことに、その計画は妃茉莉が死んじまったことですべて白紙になってしまった。

そりゃそうだ、卒業して何か月も経って、 今更クラスメイトがアメリカ留学だからって見送りしようと考えるヤツなんかいるわけがない。

特に俺は卒業後も自分のことで手一杯で、クラスのヤツらなんかとは全然連絡を取っていなかった。

俺のアメリカ留学を知ってるヤツだってほとんどいないはずだ。

仮に偶然氷室から話が伝わったとしても、こんな俺のために誰が計画するんだ。


いくら七瀬妃茉莉が気の利くやつだったとしてもだ、 ろくに話もしたことないクラスメイトのために、これだけの面倒な役を買って出るのはあまりに不自然だ。

そもそもこの計画だってクラスのヤツらのどこまで伝わっていたかも分からねぇし。

かなり苦戦していたことは、このノートを見れば一目瞭然だった。

だからあいつはきっと、たった一人でサプライズ企画をやっていたんだ。

ほかでもない、俺のために――。


ようやくその結末にたどり着いて、俺はガックリと全身の力が抜けてしまった。

俺は本当にバカだ、どうして今まで気づかなかったんだ。

妃茉莉の俺に対する気持ち。

ユーレイになっても、それでも俺に会いに来た理由。

留学から逃げた俺を本気で叱ったこと。

家を出ていった妃茉莉が、俺と一緒に出掛けた森林公園にいたこと。

そこ以外の場所が思い浮かばなかったぐらい、あいつの頭の中は俺のことでいっぱいだったんだ。

会いたい家族や友達や、思い出の場所なんかよりも、俺を選んだ。

最初からあいつの頭の中には、俺しかいなかったんだ。

「――、マジかよ……」

ぽつんと呟いた言葉は、乾いた喉の奥でヒリヒリと焼けついた。

〜 続く 〜

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