あぁ、そうだ。こいつはそういうやつだった。
ぼんやりしてるように見えて、実はかなりのしっかり者なんだ。
いつだったか、面白半分で七瀬をからかってるヤツらがいた。
確かいつも体育を見学しているとかなんとか、そんなくだらない理由だった。
数人に囲まれちまって、あぁこりゃ泣くなーって思いつつも、俺も面倒くさくて眺めてただけだったけど。
そんな心配をよそに、七瀬はにこにこと笑ったまま、なんと全員をうまくあしらってしまったのだ。
なんつーか独特の雰囲気を持ってて、負のエネルギーをプラスに変えちまうというかなんというか。
からかってたはずなのにいつの間にか七瀬のペースに巻き込まれて、気がつけばみんな楽しそうに笑ったりなんかしてるんだ。
イライラしちまうようなぼんやりした性格してんだけど、なぜか不思議と憎めない。
頼りなさそうに見えても、ちゃんと自分の足で立ってまっすぐ歩いていける芯の強さがある。
七瀬はそういうやつだった。
そう、今だってユーレイなんてもんになっちまってるけど、言われなきゃ分かんねーほどちゃんとした存在感がある。
夏の暑さに負けないぐらい輝いた目をして、めまぐるしいぐらいにころころと表情を変える。
皮肉なことに、それは今の俺よりもよっぽど生き生きとして見えた。
「それでは私はそろそろおいとましますね」
突然告げられた別れの言葉に、俺は心底ビックリする。
「帰るって、どこ行くんだよ」
「さぁ、分かりません。 ですがこれ以上和馬くんにご迷惑をおかけするわけにはいきませんから」
お世話になりました、なとど言ってバカ丁寧に頭を下げる。
こんな礼儀正しいユーレイなんて聞いたことねぇぞ。
だいたいこういう場合はこっちの意思なんて関係なく勝手に居座るとか、そんなんじゃねーのかよ。
……いや、まぁこんな得体の知れないユーレイにいられちゃ俺もかなわねぇけど。
「そっか。なんの役にも立てなくて悪かったな」
別に俺が追い出すわけじゃねぇのに、なんだろう、この変に引っかかる罪悪感は。
居心地の悪さを感じていると、なぜか七瀬がくすくすと笑い出した。
「なんだよ、なに笑ってんだよ」
「いえ、あの……。やっぱり優しいなぁって思いまして」
一瞬、嫌味でも言われたのかと思った。
それぐらい七瀬の言葉は、今の俺にはそぐわない。
行く当てのないユーレイになっちまったこいつを、このまま見捨てようとしているんだ。
冷たいとかヒドイと言われるならまだしも、どうしてこいつは嬉しそうに笑ってこんなことを言うんだ。
「優しくなんかねぇだろ」
目が合わせられなくてそっぽを向く俺に、やっぱりこいつはバカみたいに笑顔を向ける。
「いいえ、そんなことはありません。突然ユーレイになって現れたのに、 和馬くんは私の話をきちんと聞いてくださいました。 その上、役に立てなかったと謝ってくださるんですもの。 その気持ちがとても嬉しいのです」
今ならはっきりと分かる。
どうしてからかってたヤツらが、いつの間にかこいつのペースに巻き込まれてしまったのか。
こいつは人を疑うことも誰かを悪く思うこともなく、全てありのままを受け入れているんだ。
どうやったらそんな風に生きられるのか分からねぇが、あまりに純粋であまりにバカだ。
そしてそんな無防備な笑顔を見せられたら誰だって感化されちまう。
だってこんな危なっかしいヤツ、放っておけるわけねぇだろ、バカッ!
「……勝手に決めんなよな」
「えっ?」
ビックリしたように目をしばたかせる七瀬に、俺ははっきりと言い放つ。
「迷惑かどうかなんて、お前が決めることじゃねぇだろ」
こいつは恨みつらみなんてもんがあってユーレイになったわけじゃねぇ。
そんなもんはこいつには無縁すぎるんだ。
「えっと、ご迷惑ではないのですか?」
「だからそう言ってるだろ」
気恥ずかしくて視線を逃がしたままの俺に、七瀬はおずおずと申し訳なさそうに口を開く。
「あの、あの……。では、たまになら話し相手になってくださるということでしょうか」
「たまにじゃねぇよ、好きなだけここにいれば良いだろ。 どうせ俺以外のヤツには見えねーんだから」
「ありがとうございますっ!!」
だけど、……いやだからこそ、成仏させてやりたかった。
これがすでに七瀬のペースに巻き込まれているのだとしても、今はそれでいいと思った。
「なんだよ、なに笑ってんだよ」
「和馬くんは本当に優しいですね」
視線を合わせりゃこんな恥ずかしいことを平然と言ってきて、俺は慌てて言葉をつなぐ。
「これから先、それ禁句だからな」
「はい」
「それと、人前では話しかけたりすんなよ」
「はい」
「それから――」
「はい、なんでも言ってください。お邪魔にならないようできる限りのことはします」
にこにこと鉄壁の笑顔を崩さない七瀬に、一番言わなくちゃいけないことを思い出す。
そう、俺の要望なんか後回しにしてもいいから叶えなくちゃいけないこと。
「じゃあさ、ちゃんと成仏しろ」
「えっ」
よほど予想外の言葉だったのか、七瀬はきょとんしたような顔をしている。
本当にこいつは自分のことは二の次なんだと思うと、自分の言葉に後悔は無かった。
「お前にユーレイなんて似合わねーから。それだけだ」
それでもなんだか照れくさくて、俺は飲み干した麦茶のコップを持って部屋を出ようとする。
「本当にありがとうございます」
七瀬はそんな俺の背中に、礼儀正しく深々と頭を下げた。
〜 続く 〜