場所は手っ取り早く近くの公園にした。
まだ日が高いが、かろうじて木陰になっているベンチがあった。
途中で買った缶ジュースを手渡すと、尽は無言でそれを受け取ってベンチに座った。
勢い任せで来ただけに、なにをどう話せば良いのか考えがまとまらない。
間を持たせようと、とりあえず口を開く。
「……えっと、今さらだけど。お前のねえちゃんの葬式に出られなくて悪かった」
そう言って頭を下げたが、尽は無反応だった。
焦りも加わって、一気に汗が吹き出しそうになる。
「つーか、最近知ったっていうか。俺、日本に戻ってきたばっかだから、いなかったときのことなんも知らされてなく て……」
「そんなの、知っている」
短く返された言葉は、それ以上の言い訳を許さなかった。
「そ、だよな……」
やっとの思いでそれだけ言うと、俺は唇を噛んだ。
妃茉莉が留学の見送りをしようとしていたんだ。
すぐそばで見守ってた尽なら、その日程ぐらい知っていて当然だろう。
それにユーレイの妃茉莉と出会う前の俺は、きっと日本にいたとしても葬式には行かなかったはずだ。
それが尽の知ってる鈴鹿和馬という人物なんだ。
俺には最初からなにも期待していない。だから今まで俺に会いに来ることも無かった。
心の中じゃどれだけの恨み言を言ったって収まらないぐらい憎い相手のはずなのに。
俺は考えをまとめようと、強引に頭をかきむしる。
「違う。そうじゃなくて! 葬式のことはもう良いんだ。全部俺が悪かったんだし、今さら言い訳とかする気もねぇし」
俯いたままの尽の表情はなにも見えない。
それでも俺は自分の素直な気持ちを伝えようとした。
「たださ、今のお前見てると、そりゃ違うだろって思うんだよ。俺のこと憎いのも分かるし、お前のねえちゃんのことも 悔しいだろうし。だけど、そうやって過 去に縛られて身動き取れなくなってんの、ぜってー違うだろ」
「……違う?」
聞き取るのがやっとのような小さな声が返ってきた。
それでも尽が俺の言葉に反応してくれたことがたまらなく嬉しかった。
「だってそうだろ。お前のねえちゃんは精一杯頑張って生きたんだ。お前に心配ばっかかけてたかもしんねーけど、あい つは病気に縛られることなく、自分に正 直に、自由に生きたんだろ」
だから認めてやりたかった。
ほめてやりたかった。
――気づいて、やりたかった……。
「お前になにが分かる!」
次の瞬間、胸元に鈍い痛みが走った。
さっき尽にあげた缶ジュースが口を開けられることなく、ゴトリ、と音を立てて俺の足元に転がり落ちた。
「痛ってぇ」
どうやら缶ジュースを投げつけられたらしい。
不意打ちを食らった痛みで、胸をおさえたまま動けなくなった。
そんな俺を見下ろすように立ち上がると、尽は感情のままに口を開く。
「今さら俺に説教とか、バカじゃないの。お前にねえちゃんのなにが分かるんだよ。ねえちゃんの気持ちも知らなかった くせに、分かったような口を聞くな!」
それは当然の答えだった。
おさえた胸がズキズキと痛むのは、自分の罪深さのせいなのだ。
氷室も、妃茉莉も、あいつのお袋でさえも、誰も俺を責めなかった。
だからこそ、俺はこうして尽に責められて、自分の罪を償うチャンスが欲しかったのかもしれない。
妃茉莉のことを言い訳にして、自分が救われたいだけなのかもしれない。
……でも、だけど。
俺をここまで突き動かしたのはそんな思いだけじゃないと、心のどこかで感じていた。
尽の気持ちがどうしても自分と重なって仕方がないんだ。
「確かに俺はなにも知らなかった。最後まで気づけなかったさ。でも、だからお前の憎しみや悔しさが分からない、なん てことねーだろ。俺だって、同じなん だ」
尽が俺を憎いと思うように、俺は自分自身が憎かった。
少し世界を広げれば、妃茉莉の存在にだって気づけたはずなんだ。
そうしたら、何かが変わっていたかもしれない。
もしかしたら今とは違う未来の形があったかもしれない。
たった一人の存在に気づけないほど、俺の生きていた世界はあまりに小さくて、狭すぎた。
俺は足元に視線を落とすと、力なく呟いた。
「でも、それで良かったとも思ってる。もしお前のねえちゃんが俺に告白とかしてたらきっと、俺はヒドい言葉で振って たはずだ。たぶん気持ちをすべて否定し て、二度と立ち直れないぐらいヒドい言葉をぶつけてたと思う。俺は、そういう最低な男だ」
「……本当にな」
ここで否定しなかったのは、尽の優しさなんだろうと思った。
〜 続く 〜