うだるような暑さの中、俺と妃茉莉は公園のベンチで待ちぼうけていた。
約束の時間はとうに過ぎていた。
いや、そもそもきちんと約束していたわけでもない。
「はぁ。やっぱ来ねぇか」
「…………」
ため息交じりにそう言う俺の横で、妃茉莉はずっと硬い表情のままだ。
まぁそれも無理ない話だろう。
ユーレイになってからずっと、家族に会いたくて会いたくて。でも、怖くて会いに行くことすらできなかった。
それなのに、妃茉莉の気持ちを無視して俺が強引に会わせようとしてんだ。
「わりぃ、ちっと勝手すぎたか」
勢いでここまで突っ走ってきたが、今さらながら自分の身勝手さを思い知った。
せめてなにかしらの結果が残せたらまだマシだったろうに、結局待ち人は来ないのだ。
自分の無力さが情けない。
「……そう、ですね」
少し時間を置くと、妃茉莉が妙にゆっくりとした口調で告げる。
「突然のことだったので心の準備もできていませんし、今もどうしていいのか分からないままです」
スカートを掴む両手にギュッと力がこもるのが分かった。
約束の時間を過ぎたって、簡単に緊張は解けないだろう。
いや、むしろ会えなかったことで非常に中途半端にしてしまったんだ。
これでは気持ちに折り合いをつけることすらできない。
俺はどう言葉を返していいか分からず、ただ唇をかみしめる。
そんな俺に、でもね、と妃茉莉が言葉を続けた。
「今までずっとこの一歩を踏み出すことができませんでした。 だけど和馬くんは迷うヒマもなく手を引っ張ってここまで連れて来てくれました。 それにユーレイの私でも手紙が書けました。 なにか形に残せるって嬉しいですね。本当にありがとうございます」
にっこりと嬉しそうに笑う妃茉莉を見たら、急に顔がカッと熱くなった。
「尽が来てねぇんだから、感謝すんのは違うだろ」
気恥ずかしくなって、ごまかすようにプイッとそっぽを向いた。
そんな俺の耳に、心地よい妃茉莉の笑い声が聞こえてくる。
こんな小さなことでいちいち俺の心は救われる。
本当に感謝しなきゃいけないのは俺の方なのに――。
そう思えば思うほどに、妃茉莉のためになにもしてやれない自分が歯がゆくて仕方がなかった。
「まぁ尽が来ないのは仕方ないとしても、これだけはどうにかして渡したいよな」
俺は昨日二人で書き上げたばかりの、尽に宛てた一通の手紙を取り出した。
妃茉莉の言葉を俺がそのまま書き写した手紙だ。
俺の字ではあるが、書かれた言葉は全部妃茉莉の気持ちばかりだ。
こんなもので尽にユーレイである妃茉莉の存在を示せるなんて思わねぇ。
それでも妃茉莉の言葉をきちんとした形で届けるにはこれ以外の方法が思いつかなかった。
「直接手渡さないと、あいつ絶対読まずに捨てるだろ」
「渡しても読んでくれるとは限りませんけどね」
「はは。さすがは鋭い」
そう言って笑ってはみたものの、さてどうしたものかと考えてしまう。
今から突撃で家まで押しかけるか。または昨日のようにあてもなく待ち伏せるか、それとも――。
腕を組んでうーん、とうなっていたら、唐突に声をかけられた。
「なんだ、一人なんだ」
「え、うわっ。ビックリした」
目を開けたらすぐ近くに尽が立っていて、俺は驚いて声を上げていた。
「いや、こっちがビックリするんだけど。呼び出したのはスズカだろ」
さして驚いているようには見えない顔で、でも確かに目の前に尽がいた。
俺は反射的に時計に目を走らせる。
すでに約束の時間からは2時間以上も経っていた。
「だって時間こんなに過ぎてんじゃねーか。もう来ないと思ってたから」
「うん、まぁずっと迷ってたからさ。本当はスズカがいなければ良いなと思いながら、来てみたんだ」
そう言うと、尽はちょっと落ち着かない様子で髪をかきあげた。
〜 続く 〜