第33話 1on1

まるで置いてきぼりだな、と空っぽの頭でぼんやりと考える。

本音を言えばもう日もないし、 留学の準備などやらなければならないことは山積みだ。

自分の気持ちとは別のところで物事がどんどん進んでいき、 ふと我に返るとなんだかひどく取り残されている気分になる。

バスケに打ち込めば少しは気がまぎれるかと外に出てはみたものの、 さっきからベンチに座ったっきり動けそうになかった。


――いったいどうしちまったんだろう。


自分でも持て余すこの感情がなんなのか分からない。

妃茉莉が日本に残るぐらいで、どうしてこうも気分が沈んでしまうのか。


もともとは妃茉莉が押しかけてきたみたいなもんで、 俺は最初からずっと一人だったわけだし、 一緒にいたのだってたったの2週間ぐらいじゃねーか。

なにを今さら妃茉莉と離れることにためらう必要があるんだ。


もちろん俺なりの覚悟をもって妃茉莉をアメリカに誘ったわけだから、 あっさり断られたことがショックじゃないと言ったらウソになる。

それでもこんな大げさに考えるようなことだろうか。 そう思うはずなのに、なぜかなにも手につかなくなってしまう。

言いようのない喪失感に襲われて、 答えの出ない質問をぐるぐるといつまでも考え込んでしまうばかりだ。

何度目になるのかすら分からないため息をついたとき、 ふと聞き覚えのある声が耳に届いた。

「こんなところでなにしてんのさ」

急に現実に引き戻されたような気がしてぎくりとした。

できればどうか空耳であって欲しい、なんて無意味な期待を込めてゆっくりと頭を上げる。

しかし予想通りというかなんというか、目の前には尽が立っていた。

しかもその手には俺のバスケットボールがあって、 そこで初めてボールを取られていたことに気づく。

そこまでぼんやりしていたのかと、空っぽの両手を見つめて思わず苦い笑みが浮かんだ。


誰の目から見てもきっと今の俺は抜け殻なんだろうな。

明らかにおかしな様子の俺を見て、尽はなにか言おうとして、でも結局口をつぐんだ。

その代わりくるりと身をひるがえすと、手にしたボールをドリブルし、 ゴール目がめてシュートを放つ。

だがボールは無残にもゴールにはじかれて、見当違いな場所へと転がっていった。

「ちぇ、ミスったか」

そうは言ってもどこか納得できないのか、不思議そうに首をかしげている。


ボールに誘われたのか、それとも尽に引き寄せられたのか。

俺はのろのろと立ち上がり、ボールを拾い上げるとその場からシュートを放つ。

ボールは狙った通りきれいな弧を描いて、ゴールリングにすっぽりと収まった。

「それぐらい俺にもできるし」

ムッとした表情でそう言うと、尽はもう一度ドリブルシュートに挑戦する。

今度は不安定ながらもゴールリングを無事に通過した。

どうだ、と自慢げに笑って見せると、落ちてきたボールを取り、再びドリブルを始め出す。

「ちょっと付き合って」

尽はそう言うと、俺とその後ろにあるゴールをじっと見据える。


強引に勝負を仕掛けられて、俺は渋々ながら受けて立つことにした。

全く乗り気はしないが、それでもこのもやもやした気持ちが少しでも吹っ切れるなら、 無理やりにでも体を動かしたいと思った。


腰をしっかり落とし、ハンズアップできっちりと相手にプレッシャーをかける。

まずまずの距離を保ち、ボールが刻むリズムの変化を見逃さないよう集中する。


次、確実に仕掛けてくる。だがそこが狙い目だ。


そう直感した俺は、小刻みなステップで瞬時に対応し、 ボールを奪いにいこうと手を伸ばした。

その時――

「スズカさ、アメリカ行くんだろ。ねえちゃんのことはどうするつもりなんだよ」

「えっ」

ほんの一瞬だが動揺して、動きが鈍った。

出遅れた隙をついて、尽がするりと俺の脇から走り抜けていく。

あ、と思った瞬間にはそのまま尽にドリブルシュートを決められていた。

「…………」

どうやら卑怯な手に見事に引っかかってしまったようだ。

意味ありげな顔でにやりと笑う尽に、俺は軽く舌打ちする。


真剣勝負だと思っていたのにこの仕打ちとは、バカにされたようでひどく気分が悪かった。

なにもかもがうまくいかねぇ。

そのことに自分でもビックリするぐらいイラついた。


俺の誘いを断った妃茉莉も、そのことを出しに使う尽も、 そしてなによりこんな小さなことでいちいちイライラしている自分自身にも、たまらなく腹が立つ。

今にも叫び出したい感情を、奥歯をかみしめて必死にこらえるしかなかった。

そんな俺の努力をあざ笑うように、尽が挑発的な言葉を突きつけてくる。

「ふーん。ねえちゃんのこと気にしてるんだ、ちょっと意外」

「……っ!」

カッとなって殴りつけたい衝動をギリギリのところで抑え込む。


妃茉莉との仲を取り持ってやったぐらいで、 尽が抱く俺への感情はそう簡単には変わらないのだろう。

わざわざ俺の前に姿を現したのも、妃茉莉に会わせてやったことへの感謝なんかじゃない。

むしろ俺が強引にでも妃茉莉をアメリカへ連れていくんじゃないかと、そう疑っているのかもしれない。

だからそれを確かめに来たのだとしたら、この意味のない勝負も挑発的な態度もすべて合点がいく。

「スズカ、答えて。ねえちゃんのことどうするつもりなんだ」

予想通りの質問を繰り返す尽の言葉は、俺に変えられない絶対的な未来を突きつけていた。

〜 続く 〜

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