成り行きで七瀬と出掛けることになっちまった。
とはいえ、どうせ七瀬の姿は見えねぇんだから一緒にいたって誰にも分からねぇんだけど。
そう、七瀬はユーレイなんだ。
俺と話はできても物に触ることすらできねぇ。
七瀬が欲しいと思った物をあげることも、やりたいと思うことをやらせてやることも、 結局はなにもできねぇんだ。
だから俺が七瀬にしてやれることなんて、せいぜいこんなことぐらいなんだろうな。
「で、どこへ行くんだ?」
「はい。森林公園はいかがでしょう」
待ってましたと言わんばかりの態度に少し面食らうも、さすがに悪い気はしなかった。
「ふーん。別にいいぜ。そこにしよう」
「わぁ、ありがとうございます!」
嬉しそうに何度も頭を下げる七瀬が気恥ずかしくて、 俺はわざとそっぽを向くと、久々の外出に思い切りうーんと背筋を伸ばした。
* * *
あんなに喜んでいたくせに、いざ森林公園に到着すると、七瀬はやたらと周りを気にし出した。
ひょっとして姿が見えてるんじゃねぇかと思うぐらいの気の張りようだ。
「なに気にしてんだよ」
「すみません。こんなに人が多いとは思わなくて……」
それが七瀬とどう関係するのか知らねぇが、特に興味もなかった。
このふわふわと宙を浮いてるユーレイの姿が見えなけりゃ、他はどーでもいい。
「なぁ、噴水広場の方行ってみようぜ」
一応気を使って誘ってみたが、まるで気づいちゃいねぇ。
「話聞いてんのかよ……」
「え? あ、はい。……すみません」
分かってたことだけど、やっぱ俺と出掛けたって楽しくないんだろうな。
申し訳なさそうに後をついて歩く七瀬に、知らずため息がこぼれた。
「しかし今日もあっちぃなぁ〜」
すっかり怠けきった体にはギラギラと照りつける太陽の日差しはちとキツかった。
それに引き換え七瀬は隣で涼しげな顔して立ってるんだけどさ。
なんでも暑さ寒さを感じねぇらしい。まったく羨ましい話だぜ。
「日差しがすごく眩しいですね」
そう言って手をかざしながら空を見上げる七瀬にギョッとした。
「バカ! 太陽見るの危ねぇんだぞ」
「す、すみません!」
「……っ!」
俺は慌てて口を手で覆うと、周りをキョロキョロと見渡した。
よく考えりゃ七瀬なんかより自分のことを気にしなきゃなんねぇんだった。
なんせ七瀬は暑さも分からねぇユーレイなんだ。太陽を見たって平気なのかもしれない。
だが俺はうっかり大声出しちまったら、独り言を叫ぶヤバい人間になっちまうじゃねーか!
「はぁ。なんか損した気分だぜ……」
それを気にしてか七瀬も俺から離れて、噴水の縁に腰を下ろした。
太陽の光を受けてキラキラと輝く噴水はしぶきをあげて、まるで踊ってるみたいだ。
それを飽きもせず眺めている七瀬が、ふっと遠くに感じた。
このまま水しぶきと一緒にあっけなく消えてしまうんじゃないかと思うほど不安定で、 そしてものすごく寂しそうだった。
七瀬はいつも笑ってた。
だからユーレイでいることを楽しんでいるんだと思っていた。
でも、本当は違う。
死ぬことがどんなことなのか分からねぇが、 俺が想像もできねぇ絶望や苦痛を味わってきたはずだ。
「……七瀬」
「はい、なんですか?」
振り返った七瀬はもういつもの笑顔に戻っていた。
なにもかもすべてを失って、それでも笑っていられる七瀬の強さに否応なく惹かれた。
少なくとも今の自分にはない輝きだ。
どうしたらそんな風に――……生きられるんだ?
「あの、和馬くん?」
「あぁ、悪い。えーと、だな」
慌てて話題を探そうとしたとき、わあっと声が上がった。
自然と声の方を向くと、こちらに向かって飛んでくるボールが視界に入る。
「きゃぁっ!」
悲鳴を上げた七瀬がその場にうずくまる。
もちろんそんなんでボールが避けられるはずがねぇ。
「なにやってんだ、バカッ!」
無意識にそう叫ぶと、七瀬の腕を掴んで引き寄せようとした。
だけど七瀬の姿はするりとこの手をすり抜けてしまう。
そして氷水でもかけられたみたいなぞくりとする感覚が残った。
「なん、だ?これ……」
次の瞬間、頭に鋭い衝撃が走り、自分の体を支えていた腕から力が抜けた。
「うわぁ!」
情けない悲鳴を残して、俺はぶつかってきたボールとともに見事に噴水の中へと落ちていった。
それからのことは思い出したくもねぇ。
なにしろ俺は大声を出して自分からボールに当たりに行き、噴水に落ちたことになっちまったんだ。
周囲からは変な目で見られ、公園の管理人には散々怒られ、お袋には大爆笑されちまった。
挙句の果てに、俺が助けなくても七瀬がボールに当たることも、 万一噴水に落ちても濡れることもなかったわけで、結局俺の行動はすべて無駄なことだったんだ。
実は一番これが堪えた……。
「でも助けようとしてくれて、すごく嬉しかったです」
ひとしきり謝り倒した後で、七瀬はさりげなくそう言った。
「そりゃどーも」
ぐったりと疲れきって布団に寝転んでいた俺は、ひらひらと手を振ってそれに答えた。
だがすぐに別のことを思い出し、億劫ながら体を起こす。
「そういやあのとき、お前に触ったらすげー冷たくてビックリしたぜ」
「すみません、気をつけていたんですが……」
さすがはユーレイと言ったところか、七瀬に触ると氷みたいにひやりと冷たいんだ。
俺に限った話じゃないらしく、 どうやら人が多い公園で周りを気にしていたのはこれが原因だったらしい。
「気持ち悪いですよね。本当にすみませんでした」
そう言ってまたしょんぼりとするもんだから、俺はぽりぽりと頭をかいた。
驚いたのは確かだが、気持ち悪いなんて全然思わなかったんだ。
「良いこと聞いたぜ。たまにはクーラー代わりにでもなってくれよ」
「え?」
「冷たくて気持ちいいじゃねーか。暑い夏にはもってこいじゃん」
「あ、はい。それは構いませんが……」
不思議そうな顔してるところを見ると、俺の反応はよっぽど予想外だったらしい。
本当に面白ぇユーレイだぜ。
当分は退屈せずに済みそうだ。
そのことに少なからずホッとすると、俺は再びごろんと布団に寝転がった。
〜 続く 〜