第6話 それぞれの事情

一通り説明を終えて部屋に戻ろうとしたところで、 バッタリお袋と鉢合わせた。

「和馬、さっきから部屋の中をグルグルと歩き回って、 なんか探し物?」

怪訝そうに問われた言葉に、俺よりも先に七瀬が反応する。

「あぁ、和馬くん。私のせいですね、ごめんなさいっ!!」

慌てて軽くパニックになっている。

ホント、気にしすぎだろ。

吹き出しそうになるのを我慢するのが大変じゃねぇか。

「別にそんなんじゃねーよ」

この一言で話が済んじまったことに七瀬がキョトンとしている。

「すみません。私、また……」

恥ずかしそうに両手で頬を押さえると、その場にうずくまってしまう。

こういうところも含めて、すべてがユーレイらしくないんだよな。

だからつい忘れそうになっちまうが、 七瀬がなにをやろうとなにを言おうと、 俺以外には分からねぇんだ。

それだけ気をつけてれば、なにも問題は起きない。


やれやれ、と軽いため息がこぼれた。

ふと七瀬の視線から開放されて、俺は気がかりだったことを思い出す。

「……そういや、さ。連絡、あったか?」

たったこれだけの言葉に妙な焦りと緊張を感じて、心臓がバクバクした。

それを察してか、お袋は安心させるような笑顔を見せる。

「あれば真っ先に言ってるよ」

そして軽く背中を叩かれた。

気合でももらったのか、お袋が触れた背中がじんわりと温かい。

「それもそーだな」

変な安堵感と言いようのない感謝の気持ちでいっぱいになる。

今のダメな自分が無条件で許されるような気すらした。

しゃがみ込んだままだった七瀬が不思議そうに見上げている。

俺がその冷たい腕に触れると嬉しそうに笑って立ち上がった。

「戻りましょうか」

そう言う七瀬は見ているこっちまでウキウキしそうなほど楽しそうだった。

頷いて歩き出そうとしたとき、まるで独り言のようにお袋が呟く。

「和馬、母さんはあんたの好きにしたら良いと思う。 焦って決めることはないよ。もし連絡があれば母さんがうまく言っておくからさ」

慌てて振り返ると、すでにお袋は俺に背を向けて歩き出していた。

今はその小さな背中をありがたいと思う。

「お袋、甘すぎだろ」

素直に感謝の言葉を口にできたら苦労しねぇが、どうせお袋には全部お見通しなんだ。

だからこんな言葉しか返せないことに後悔はない。

「あら、父さんにも同じこと言われたわ」

ヒラヒラと手を振って歩くお袋に、もう一度心の中で感謝した。


さて、部屋に戻るかと隣の七瀬に目を向けて、思わずハッとなった。

遠ざかるお袋の姿をただじっと見つめ続ける七瀬の瞳は、 狂おしいほどの切なさで溢れ、 今にも泣き出しそうだった。

「七瀬、お前……」

後の言葉が続かなかった。


どうして気づかなかったんだ。

ただ遠慮してるだけなんて軽い話じゃなかった。

七瀬が部屋から出たがらなかった理由がようやく分かった。

――きっと、俺の家族に会いたくなかったからなんだ。


会えばどうしても自分の家族を思い出しちまう。

恋しくて仕方のない本当の家族。

だが会いに行ってもユーレイである限り、自分の死を悲しんでいる姿を見ていることしかできない。

姿も見えなきゃ声も届かない。

それはどれほどの苦痛だろう。

俺がこうしてお袋と話すことでさえも、きっと息が詰まるほど羨ましいに違いない。


存在を分かってもらえず、また存在を示すこともできない。

ユーレイの七瀬はたった一人ぼっちでこの世に取り残されている。

俺がいなかったらこいつ、どうなっちまってたんだろうな。

孤独、寂しさ、悲しみ。そんなもんを溢れるぐらい抱え込んで、 きっと平気な顔して笑ってんだろうか。

本当は全然平気なんかじゃねぇくせに。


七瀬は深く目をつむると、少しの間を置いてから口を開いた。

「あ、すみません。お部屋に戻りましょう」

さっきまでの表情がウソのような、いつもと変わらない笑顔があった。

フワフワと宙に浮かびながら部屋へと戻る足取りは軽く、 まるで鼻歌でも歌い出しそうなぐらいだ。


やっぱ心の内は誰にも見せねぇか。

そういう俺だって全部さらけ出してるわけじゃねぇ。

お互い触れずにおくのが良いのかもしれねぇな。


部屋に戻ってから俺は改めて七瀬に謝った。

「考えなしだったな。イヤな思いさせてすまねぇ」

「なんのことですか?」

とぼけているのか本気で分かってねぇのか、曖昧な顔で七瀬が聞き返す。

「お前は、はいはいって黙って聞いてりゃ良いんだよ!」

気恥ずかしくなって突っぱねても七瀬の笑顔は崩れない。

「ふふっ。変な和馬くん」

部屋の隅でヒザを抱えて、楽しそうに笑ってた。


甘えすぎだと自覚してても、やはりその笑顔に救われる。

心のどこかで、この平穏がいつまでも続くことを願ってた。

本当は終わりのときなんか、すぐ足元まで迫ってきていることが、分かっていたというのに……。

〜 続く 〜

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