プレゼント 〜for.和馬6


ボールの弾む音が聞こえてきて、私はホッと胸をなで下ろす。

部活が終わったこの時間、いつも和馬くんは一人残って自主トレをする。

今日も例に違わず、静まり返る体育館にボールの弾む音だけが響いていた。

こっそりと扉から中をのぞき見ると、 和馬くんは軽やかな動きでゴール下まで駆け抜け、 そのままボールをリングの中に収めていた。


こう言ったら笑われちゃうかもしれないけれど、 その一連の動きには少しの無駄もなく、 鮮やかに決まるシュートはいつ見ても惚れ惚れしてしまう。

日の暮れかけた体育館に長く伸びる影は、休むことなくシュート練習を続ける。

私はそんな和馬くんを目で追うだけで精一杯。


触れることのできない距離、かわされることのない会話。

それでも私の心はこの瞬間に捕らわれ続け、確実に時間を止めてしまうのだ。


和馬くんはランニングシュートの練習に満足したのか、 今度はスリーポイントラインの前で立ち止まった。

そのまますぅっと息を吸い込み、おでこの位置にボールを構える。

シュートの緊張感が不思議と伝わってきて、私までごくりとつばを飲み込んだ。

そのとき――、

「俺になんか用か?」

「ふぇっ!?」

不意に発せられた言葉。

突然のことに頭が回らず、私はなんとも間抜けな声を出してしまった。

それでもとっさに身をひるがえし、扉の影に隠れるようにしゃがみ込む。


こっそりのぞいていたつもりだったが、どうやら和馬くんにはバレていたらしい。

恥ずかしさで顔を赤らめる私をよそに、ボールがリングをくぐり抜ける音が耳に届いた。

私の不審な行動を見ても集中力を欠かさないなんて、やっぱり和馬くんはすごいなぁ。

それに比べて私は……、なんて考え始めたら、思わずため息がこぼれてしまった。


さっきからずっと私の手の中で、あっちへ行ったりこっちへ来たりしている、 オレンジの包装紙に赤いリボンのかかった包み。

昨日はあんなに自信満々だったくせに、いざとなるとやっぱり勇気が出ない。

明るく笑いながら声をかければ良いのに、 結局こんなところでこそこそと隠れることしかできないなんて、私って本当に情けない。

自己嫌悪で再びため息を重ねようとして、しかしそれは別の声にさえぎられた。

「のぞき見なんて、良い趣味してんな」

「か、和馬くんっ!」

さっきまで遠くで見ていたはずの和馬くんが、すぐ目の前に立っている。

ただそれだけのことなのに、私の頭は真っ白になる。

「違うの! これはその……、えーとぉ」

慌てて立ち上がると、言葉にならない言葉を口にする。

それがよほどおかしかったのか、和馬くんが肩を揺らして笑った。

「別に怒ったりしねぇから、隠れんなよ」

そう言って、ぽんっと軽く私の頭に手を置いた。

たったそれだけのことなのに、 私は真っ赤になって声すら出せなくなってしまう。

バカみたいに頭をタテに振り続けるだけで、 和馬くんの顔すらまともに見られなかった。

無言のまま俯く私に、和馬くんは頭の手を離すと、さらりと髪に触れた。

「なんかお前、甘い匂いすんな」

「えっ?」

反射的に顔を上げて、和馬くんの瞳とまともに目があって、 心臓が飛び出るほどドキドキした。

視線をそらしたいと思う弱い心に、だけど私は必死に牙を立てる。


――だってこれはチャンスなのだ。

今このときを逃したら、 きっとこの包みは永遠に私の手から旅立つことはないだろう。

「あ、うん。実は昨日……」

私は精一杯の勇気を振り絞って、 リボンのかかったオレンジの包みを目の前に差し出す。

「昨日ね、カップケーキを焼いたの。 良かったらどうかなって」

半ば押しつけるように手渡すと、俺に? なんて言葉が返ってくる。

「だって今日、和馬くんの誕生日だから」

「あぁ。それでわざわざ?」

手渡された包みを見て、心なしか和馬くんは嬉しそうだった。

そんな様子を、私はまだなんとなく夢見心地で見つめてしまう。


この手にあったカップケーキは、今はもう和馬くんの手の中にある。

それがすごく嬉しくて、でもそれと同時に不安もこみ上げてきてしまう。

「でも、やっぱりカップケーキなんて迷惑だよね。 きっと、そうだよね……」

もちろん和馬くんが甘いものが苦手ってことは知ってる。

知っていて、それでも誕生日にどうしてもケーキをあげたくて、 さんざん悩み抜いた末に、 私は手作りのカップケーキをプレゼントすることに決めた。

それを和馬くんが喜んでくれたかどうかは、手渡した今でも分からない。

「もしかして、すげー甘い?」

私の態度に不安になったのか、和馬くんが聞いてくる。

その言葉に私は思いっきり頭を左右に振って答えた。

「ううん。市販品は甘いかなって思って、かなり甘さ抑えめで作ってみたんだけど」

「なんだよ、ビックリさせんなよ。 それならなんの問題もねぇじゃん」

ホッと安堵の表情を見せてから、 和馬くんはいつもの明るい笑顔で、私の不安を吹き飛ばしてくれた。

「で、でも……」

「それに、さ」

まだ口ごもる私の言葉をさえぎるようにして、 和馬くんが照れくさそうに口を開く。

「お前からプレゼントもらえるの、 実はちっとばかり期待してたんだ。手作りなんてすっげー嬉しいぜ。甘いの苦手で得したかも」

その言葉に、かぁっと顔が熱くなるのを感じた。

一瞬言葉に詰まってから、私は消え入りそうなほど小さな声でそっと伝える。

「……お誕生日、おめでとう」

私の精一杯の気持ちを乗せた言葉に、和馬くんの笑顔が重なった。


今はまだこれだけで精一杯だけど、いつかこの想いを全部伝えられたら良いな。

その時はどうか今と同じように、和馬くんが笑ってくれますように……。

〜 Fin 〜

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