朝日 〜for.珪


カーテンを開ける音とともに、朝のまぶしい光が降り注ぐ。


――珪くん、もう起きたのかなぁ……。


ぼんやりとそんなことを考えていたら、 シトラスミントの香りとともに、大きな手が優しく髪をなでた。

カーテンを揺らす風と相まって、それはひどく心地良い。

「起きろよ」

くすぐったいぐらいの甘さを含んだ声に、私はようやくまぶたを開ける。

朝日に溶けるようなその金の髪も、 触れることさえためらわれるような綺麗な肌も、 すべてがきらきらと輝いて見えた。

その翡翠の瞳に見つめられるといつだって、 心ごと吸い込まれてしまいそうになる。

「うん。でも、まだ……」

私は子どものようにそんな言い訳を口にすると、 珪くんを振り切ってごろりと反対側に寝返りを打った。

小さく笑った珪くんの声を背中ごしに聞きながら、再びうとうとし始める。

起きるのも悪くはないんだけど、 今はまだこの心地良い時間を心ゆくまで堪能していたかった。

「ダメだ、起きろ」

いつもだったらこのまま寝かせてくれるのに、 今日の珪くんはいつになく強気な態度を崩さない。

髪に触れている手に、ほんの少しだけ力がこもる。

「……うん」

とりあえず返事だけはしたものの、言葉とは裏腹に、 重いまぶたが開かない。

分かってる。でも、もう少しだけ……。

そんな甘い思考をさえぎるように、ぎしっとベッドが音を立てた。


差し込む朝日が不意に途切れる。

突然訪れた暗闇の中で、まぶたに柔らかな感触が当たった。

それはまるで魔法のように、睡魔の誘惑を吸い取ってしまう。

なにかが触れたまぶたに指を這わせて、 私はすぐ目の前にある優しい笑顔に語りかける。

「今、キスした?」

「あぁ」

珪くんの、このあまりに平然とした態度が、 ときどきイヤになることがある。

私一人だけがドキドキしたり、真っ赤になって照れたり、 そういうのがとても恥ずかしくてたまらない。

「もうっ!」

だからわざと怒った振りをして、珪くんの胸に手をついた。

珪くんは優しく笑って私の手を取ると、そのまま指先に唇を押し当てる。

恥ずかしくてそむけた顔にそっと、温かな指が触れる。

「怒るなよ」

珪くんはきっと分かっているんだ。

そんな顔で、そんな声で、そんな風にお願いされて、 私が無視できないことを、きっと知っている。

それなのにあえて、そんな意地悪なことを口にするんだ。

なにも言えず、ただぎこちなく視線をそらす。

そんな私に追いすがるように顔を近づけて、 珪くんは優しく唇を重ねてきた。

ほんの一瞬だったけれど、吐息と頬に触れる手が妙に熱くて、 顔が赤くなるのを感じた。

「……どうしたの?」

少しうわずった声で、照れ隠しにそんなことを問いかける。

「イヤか?」

「イヤと言うか……、珪くんらしくないかなって」

「そうか……」

ふっと目を伏せた仕草の色っぽさに、思わず胸が高鳴った。

でも次の瞬間、ほんの少し意地悪く笑ったその顔の方が、 何倍もドキドキした。

「お前はどう思ってるか知らないけど、俺はこんなヤツだ」

繋いだ手に指を絡め、耳元でささやかれたその声に、くらりとめまいがした。


――逃げられない。

じっと見つめてくる翡翠の瞳が、私を捕らえて逃がさない。


怖いのか、それともわずかながらの抵抗なのか、 私は思わずぎゅっと目をつむる。

それに誘われるように、珪くんが頬に、唇に、首筋に、 次々とキスの雨を降らせてきた。

「……っ」

それはまるで刻印のように、触れた箇所にじんとした熱を刻みつけていく。

息苦しいはずなのに、どうしてか逃げられなかった。

いや、そうじゃなくて。

本当は逃げたくないんだと、心のどこかで願ってしまうんだ。


「あぁ、だけど……」

珪くんがふっと耳元で甘くささやく。

「眠いのならこのまま寝てても良い。きっと今夜は眠れないから」

その言葉に体の芯がじんっとしびれた。

なにか言いたくて、でもなにも言葉にならなくて、私は顔を隠すように珪くんの首に腕を回した。

かすかに香るシトラスミントと直接触れる熱い体温がどこまでも私を別世界へと誘っていく。


焚きつけたくせに、そんな風に逃げるなんてズルい。


早く連れて行って欲しくて、ねだるようにその首筋に唇を押し当てた。

「これじゃ夜まで待てない」

吐息交じりに呟いた珪くんは、眉を寄せてどこか余裕のない表情。

それがたまらなく私をぞくぞくさせた。

「珪くんのその顔、好き」

珪くんはいつだって余裕たっぷりで、私だけが振り回されている気がするから、 こんな瞬間は言い知れない優越感に満たされる。


もっともっと私の手で珪くんをめちゃくちゃに振り回してみたくなる。

翡翠の瞳にはもう私以外なにも映らないように――。

「もっといろんな表情、見せて……」

「ん……」

それ以上の言葉を封じるように、息苦しささえ感じるほどの強引なキスで唇をふさがれた。

甘い吐息と燃えるような体の熱だけが、静かな部屋をどこまでも満たしていた。

〜 Fin 〜

雪の花冠トップページ