ティーカップ


おごると言ったホットミルクティは、口をつけられることのないまま、静かにソーサーに残されている。

甘い香りの立つ湯気の向こうで、彼女はずっと窓の外へと視線を向けたままだった。


自分じゃない他の誰かを想う寂しげな瞳。

その唇がつむぐのは、ため息と、狂おしいほどの甘いささやき。

「このままダメになっちゃいそう」

あぁ、ダメになってしまえ。

全部壊れてしまえばいい。

何もかも失ってしまえばいいんだ。


だけど口から出るのは、あまりに真逆な言葉の数々。

――いつからこんなにウソがうまくなったんだろう。

「ありがとう。うん、頑張るね」

嬉しそうに笑って、彼女はようやくミルクティに口をつける。

その笑顔が、その言葉が、うずく傷口を深くえぐる。


あぁ、ダメになってしまう。

全部壊されてしまう。

何もかも失ってしまうしかないのか。


自分のこの想いが残されたままのティーカップは、静かにソーサーへと返されてしまう。

やがて、彼女はテーブルに残された物など気に留めることなく席を立つ。

まぶしすぎる笑顔と深い痛みだけを残して。 


声無き想いは、決して彼女に届かない。

それとも、いつか素直に向き合える日が来るのだろうか。


その途端、唇からこぼれ出たのは、ため息と、狂おしいほどの自責の念。


浜辺で告げられた彼女の言葉に、この想いは永遠に封印されてしまったのだ。

幾重にも重ねたウソで隠された気持ち。

いまさら素直に何を伝えられると言うんだ。


甘い願いを打ち消すように、静かに席を立つ。 

残された白いティーカップだけが、そんな自分を寂しそうに見送っていた。

〜 Fin 〜

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