それはいつもの帰り道。
なんとなく会話が途切れて、急に二人の間に小さな沈黙が訪れる。
だけどアイツと一緒に歩いていると、そんな時間も妙に心地良い。
それはアイツも同じなのか、俺の隣を歩きながら、どこか嬉しそうに笑っている。
肩まで伸びた髪は、サラサラと軽やかに揺れる。
この冬空の中でも寒さを感じさせない存在。
それがふと、空を見上げて再び口を開いた。
「ねぇ、琉夏くんってさ」
澄んだ空はどこまでも遠く、すべてが凍りついたように冷たい。
空を見つめるアイツの瞳は、その寒さに震えているようだった。
「空に浮かぶ雲みたいだよね」
「そうかな。まぁ、自由気ままで流されるままってとこは似てるかも」
気のせいかな、俺を見つめる瞳がどこか寂しそうに見える。
その瞳にはとびきりの笑顔が似合っているのに。
だから俺は柄にも無く、その笑顔を取り戻すための言葉を探す。
「あれ、間違えたか。でも他に思いつかないし、降参する」
「クイズでもなぞなぞでもないんだけどな」
アイツは軽く頭を振ると、困ったような顔で、でも笑ってくれた。
そしてその小さな手を空へと伸ばす。
まるでそこに浮かぶ雲に手を差し伸べるかのように。
「ほら、見て。 雲ってあそこに見えているのにこんなに遠いんだよ。 掴めそうで、でも絶対届かない」
そしてかじかんだ手を温めるように、そっと唇に押し当てる。
「どうやったら触れられるんだろう」
ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声が、その唇からこぼれ落ちる。
たとえ並んで歩いていても、北風は隙間を見つけて冷たく吹き抜けていく。
しっかりこの手で掴んでいなければ、すぐに連れ去られてしまうだろう。
「そんなの簡単。こうすれば良いんだ」
そう言うと、俺はアイツに向けて手を差し出す。
「どうぞ、お姫さま」
「もうっ。琉夏くんってばキザだよ」
アイツは照れくさそうに笑って、小さな手を重ねてくる。
その冷たさに驚きながらも、俺の手がこの熱を分けてあげればいいのにと思う。
アイツがこうして笑っていてくれるなら、 この寒空のした裸でだって歩けるぐらい、 俺の体はぽかぽかになるんだ。
「ふふっ。琉夏くんの手ってすごくあったかいね」
「そうそう、そうやって掴んでいてくれないと、 風に流されてどこかへ行っちゃうよ、俺」
「はい、分かりました」
俺の一番好きなとびきりの笑顔で、アイツが嬉しそうに笑った。
それだけで俺はめまいがしそうなぐらい甘い熱に浮かされてしまう。
真冬だっていうのに、本当に寒さ知らずな存在だ。
つないだ手を強く握り締める。
まだ冬は終わらない。
だからこうして、春までしっかり温めさせてもらおうかな?
〜 Fin 〜